第29話「試験勉強と、フェリックスの逆襲」
騒動が一段落し、学園には久しぶりに穏やかな空気が戻ってきていた。折しも時期は、二年目の中間試験を控えた時季だった。
「なあ、今年こそ、僕は完璧な戦略で挑むからな」
昼休みの教室、フェリックスが自信満々にそう宣言した。
「その台詞、去年の収穫祭でも聞いた気がするけど」
シャルロットが扇の陰でくすりと笑いながら突っ込むと、フェリックスは慌てて手を振った。
「今回は違う! ちゃんと計画を立ててきたんだ」
そう言って取り出したのは、びっしりと勉強計画が書き込まれた紙だった。座学は得意なフェリックスだが、実技科目の対策にも力を入れているらしい。
「実技、去年よりはマシになったのか?」
ルーカスが興味深そうに尋ねると、フェリックスは胸を張った。
「見ての通り、僕もこの一年で成長したのさ。剣を振っても、去年ほど無様な格好は晒さないはずだ」
「その自信、逆に不安になるんだけど」
ニコラスが苦笑しながらそう言うと、フェリックスは「見てろよ」とだけ返し、意気揚々と席についた。
数日後、実技試験の日がやってきた。剣術の基礎演習を披露する順番が回ってくると、フェリックスは深呼吸をしてから前に進み出た。
「よし、いくぞ……!」
これまでの練習の成果を発揮しようと、フェリックスは慎重に型を披露し始めた。動きはまだぎこちないものの、以前と比べれば確かな進歩が見て取れた。
「お、意外とやるじゃないか」
ルーカスが感心したようにそう呟く。周囲の生徒たちからも、去年のフェリックスを知る者たちが、驚きの表情を浮かべていた。
「フェリックスの奴、あんなに剣が振れたっけ?」
「地道に練習してたって聞いたぞ」
そんな声が漏れ聞こえる中、だが、最後の一振りで、フェリックスは勢い余って体勢を崩し、その場に盛大に転んでしまった。
「うわっ!」
「だ、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄るニコラスたちに、フェリックスは地面に伏せたまま、くぐもった声で答えた。
「……最後の最後で、詰めが甘かった」
その様子に、教室からはどっと笑いが起きた。
「まあ、去年よりは確実にマシになってるよ」
ニコラスがフェリックスを助け起こしながらそう慰めると、フェリックスは複雑そうな表情を浮かべた。
「その慰め方、逆に傷つくんだけど……」
放課後、図書室での勉強会が、いつも通りの光景として繰り広げられていた。試験前とあって、いつもより多くの生徒たちが席を埋めている。
「なあ、この計算式、どうしてこうなるんだ?」
ルーカスが頭を抱えながら尋ねると、フェリックスがすかさず解説を始める。
「いいか、ここはこう考えるんだ。まず――」
「待って、もっとゆっくり説明してくれ」
「お前、本当に理解する気あるのか?」
そんな軽快なやり取りを交わしながらも、フェリックスの説明は的確で、ルーカスも少しずつ理解を深めていった。
「二人とも、随分息が合ってきたわね」
シャルロットがそう言うと、ソフィアもくすりと笑った。
「本当に。最初の頃を思うと、随分成長しましたね」
「言われてみれば、そうかもな」
ルーカスが照れくさそうに頭をかくと、フェリックスも満更でもなさそうに頷いた。
「まあ、腐れ縁ってやつだな」
「腐れ縁って言うな! せめて『良き相棒』とか言えよ!」
ルーカスの抗議に、フェリックスはにやりと笑った。
「まあまあ、そう怒るなって」
そんなやり取りに、ニコラスたちも思わず頬を緩めた。
そんな穏やかな時間の中、ニコラスはふと、この一年で積み重ねてきた仲間たちとの日々を振り返っていた。学園に入学したばかりの頃には想像もできなかった、確かな絆がそこにはあった。
「よし、今日はこの辺りにして、みんなで夕飯にしよう」
ニコラスがそう提案すると、全員が賛成するように頷いた。
食堂へと向かう道すがら、エドワードがふと口を開いた。
「そういえば、僕も少し、剣術の型について聞きたいことがあるんだが」
「エドワードが? 珍しいな、お前が誰かに教わろうとするなんて」
ルーカスがからかうようにそう言うと、エドワードは僅かに眉を寄せた。
「別に、完璧な人間などいない。分からないことがあれば、素直に聞くだけの話だ」
「なんか、随分素直になったよな、エドワード」
フェリックスがしみじみとそう呟くと、エドワードは咳払いをして誤魔化した。
「うるさい。それより、ローウェル、後で少し稽古に付き合ってくれないか」
「うん、いいよ」
ニコラスが快く応じると、一同はまた賑やかに笑い合いながら、食堂への道を歩いていった。図書室を後にする一同の足取りは、どこか軽やかだった。
夕暮れの学園には、いつもと変わらない、穏やかな時間が流れていた。数々の困難を乗り越えてきたからこそ、こうした何気ない日常の尊さを、ニコラスは改めて噛みしめていた。
(第30話へ続く)




