第25話「レイモンド家からの接触」
街での穏やかな休日から数日後、フェリックスが少し慌てた様子で教室に駆け込んできた。
「ニコラス、エドワード様、ちょっと聞いてほしいことがある」
その真剣な表情に、談笑していた一同の空気が、一瞬で引き締まった。
「どうしたの、フェリックス」
「昨日、父さんから手紙が届いたんだ。レイモンド家について、色々分かったことがあるって」
フェリックスはそう言うと、懐から一通の手紙を取り出した。
「レイモンド家は、ここ数年で急速に力をつけてきた商人上がりの貴族家だ。父さんが言うには、その台頭の裏には、宮廷内のある有力者からの後押しがあるらしい」
「有力者……」
エドワードが険しい表情でそう繰り返す。
「それと、これが一番気になったことなんだけど……レイモンド家は最近、優秀な人材の『青田買い』に力を入れているらしいんだ。将来有望な若手を、早いうちから自分の家の陣営に取り込もうとしているって」
その言葉に、ニコラスは思わず息を呑んだ。
「もしかして、僕も、その対象に……」
「多分な。合宿でガレスが接触してきたのも、それが目的だったんじゃないかって、父さんは考えてるみたいだ」
教室に、重い沈黙が落ちた。
「つまり、僕を自分の家に取り込もうとしている、ということか」
ニコラスがそう確認すると、エドワードが苦い顔で頷いた。
「十分にあり得る話だ。お前の実力は、既に学園中に知れ渡っている。それを自分の陣営に引き入れることができれば、レイモンド家にとっては、この上ない後ろ盾になるだろう」
「僕、どうしたらいいんだろう」
ニコラスが正直にそう漏らすと、ルーカスが力強く肩を叩いた。
「難しく考えるなよ。お前が嫌だと思うなら、はっきり断ればいいだけの話だろ」
「そう単純な話でもないと思うけど……」
フェリックスが少し不安げにそう言うと、エドワードが冷静に付け加えた。
「貴族社会において、こうした誘いを露骨に断ることは、時に敵対関係を作ることに繋がる。もちろん、断る自由はあるが、その後の対応には慎重さが必要だ」
その言葉に、ニコラスは改めて、この世界の複雑さを実感していた。前世で言うところの、大企業からの引き抜きの誘いを断る時のような、繊細な駆け引きが求められる状況なのかもしれない。
「とりあえず、この件も、グレイソン先生に報告した方がいいと思う」
ニコラスがそう提案すると、全員が頷いた。
放課後、再び職員室を訪ねた四人は、フェリックスから聞いた話を、グレイソン先生に詳しく伝えた。話を聞き終えた先生は、しばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
「……分かった。この件は、学園長にも改めて報告する。ローウェル、もし今後、レイモンド家、あるいはその関係者から直接何かしらの接触があった場合は、決して一人で判断せず、すぐに私か、他の教師陣に相談するように」
「はい、分かりました」
「学園は、生徒を守る場所だ。お前が背負う必要のない重荷まで、一人で抱え込む必要はない」
先生のその言葉に、ニコラスは少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。
職員室を出た後、廊下を歩きながら、エドワードがぽつりと呟いた。
「……お前は、僕の家の事情に巻き込まれた形になるな。すまないと思っている」
「エドワードのせいじゃないよ。それに、僕自身の実力が理由でこうなってるわけだし」
ニコラスがそう答えると、エドワードは少し驚いたような顔をした後、小さく頷いた。
「……そうか。だが、もし何かあれば、遠慮なく僕を頼れ。これでも、伯爵家の嫡男としての伝手くらいはある」
その言葉には、以前のような突き放した響きはなく、確かな誠意が込められていた。
「うん、ありがとう」
ニコラスがそう答えると、ルーカスが場を和ませるように、明るい声を上げた。
「まあ、こういう時こそ、俺たちの結束力の見せ所ってやつだな!」
その明るい一言に、重かった空気が、少しだけ和らいだ。
「そうだよな。俺たちがいれば、大抵のことはどうにかなるって!」
フェリックスもそう続けると、ソフィアとシャルロットのいない教室の中でも、いつの間にか五人分の温かい空気が満ちていた。
その日の夜、寮の自室に戻ったニコラスは、ベッドに横になりながら、今日の出来事を静かに振り返っていた。
(前世で言えば、大企業からの引き抜きに、周りの部署ぐるみで巻き込まれるようなものかな)
考えれば考えるほど、この世界の貴族社会の複雑さが、じわじわと身に染みてくる。だが、それと同時に、こうして仲間たちが親身になって支えてくれることの心強さも、改めて実感していた。
「まあ、一人で抱え込まなければ、なんとかなるか」
そう小さく呟くと、ニコラスは静かに目を閉じた。窓の外では、王都の夜が、いつもと変わらぬ静けさで更けていった。
だが、水面下で静かに動き始めた貴族社会の思惑が、これからニコラスの学園生活に、どのような影響を及ぼしていくのか――その答えは、まだ誰にも分からなかった。
(第26話へ続く)




