第22話「報告」
学園に戻ったその日の午後、ニコラスたち四人は連れ立って、グレイソン先生の元を訪ねた。
「先生、少しよろしいでしょうか」
「どうした、改まって」
エドワードが硬い表情で切り出すと、グレイソン先生は手にしていた書類を置き、四人へと向き直った。その表情には、生徒たちの様子から、何か重要な話だと察したような真剣さが浮かんでいた。
「実は、合宿中に少し気になることがありまして」
ニコラスがそう前置きし、実技試験の最中にガレスから声をかけられたことを、順を追って説明した。話を聞くうちに、グレイソン先生の表情は次第に険しくなっていった。手にしていたペンを置き、腕を組んで椅子に深く座り直す。
「……ガレス、というのは、五年生のガレス・レイモンドか」
「レイモンド……」
その家名に、エドワードが小さく息を呑んだ。
「やはり、その家か」
「知り合いなのか?」
ニコラスが尋ねると、エドワードは苦い顔で頷いた。
「僕の家と、宮廷内で立場を争っている新興貴族家だ。まさか、その息子が直接接触してくるとはな」
その声には、これまでにない緊張が滲んでいた。伯爵家の跡取りとして、これまで様々な駆け引きを見聞きしてきたエドワードにとって、この一件は、単なる子供の喧嘩では済まされない重みを持っているようだった。
グレイソン先生は、しばらく考え込むような表情を浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。
「ローウェル、お前の実力は、既に学園内で広く知れ渡っている。それが、外部の目に留まるのも、時間の問題だったのかもしれん」
「僕、何か気をつけた方がいいことはありますか?」
「今のところ、直接的な危険があるわけではないだろう。だが、念のため、学園長にも報告しておく。何か動きがあれば、すぐに教師陣に相談するように」
先生はそう言うと、少し表情を緩めた。
「心配させてすまないな。だが、こういう話は、放っておく方が危険だ。よく報告してくれた」
その言葉に、四人はそれぞれ神妙な面持ちで頷いた。
職員室を出た後、廊下を歩きながら、ルーカスがぽつりと呟いた。
「なんか、急に世界が広がった感じがするな」
「どういう意味だ」
エドワードが尋ねると、ルーカスは少し照れくさそうに頭をかいた。
「いや、今まで俺たちの周りって、学園の中だけで完結してたじゃないか。でも今回の件で、なんか、もっと大きい話に繋がってるんだなって思ってさ」
「意外と、鋭いこと言うんだな、お前」
エドワードが感心したようにそう言うと、ルーカスは得意げに胸を張った。
「だろ! 俺だって、たまには真面目なこと考えるんだぜ」
「たまには、が余計だけどな」
フェリックスの容赦のない一言に、ルーカスはむっとした顔をしながらも反論できずにいた。
その言葉に、ニコラスも小さく頷いた。
「確かに、そうかもしれない」
前世で言うところの、社会人になって初めて、会社の外側にある業界全体の力関係を実感した時の感覚に、どこか似ている気がした。学園という守られた場所の中だけで完結していた日々が、少しずつ、その外側の広い世界と繋がり始めている――そんな予感を、ニコラスは改めて感じていた。
「まあ、心配しすぎても仕方ない。今できることをやるしかないさ」
エドワードがそう言うと、フェリックスも同意するように頷いた。
「そうだな。それに、僕も父さんに聞いてみるって約束したしな。何か分かったら、すぐに共有するよ」
「頼りにしてるよ、フェリックス」
ニコラスがそう言うと、フェリックスは少し誇らしげに胸を張った。
「任せとけって。こう見えて、情報収集は得意分野なんだから」
「収穫祭の占いクッキーの時は、その情報収集能力、まったく発揮されてなかったけどな」
ルーカスの容赦ない一言に、フェリックスはがっくりと肩を落とした。
「その話、いつまで擦り続けるつもりだよ……」
「一生擦る予定だ」
エドワードまでもが澄まし顔でそう付け加えると、フェリックスは天を仰いだ。
「僕の味方、誰もいないじゃないか!」
そんな軽いやり取りに、廊下には少しだけ、いつも通りの笑い声が戻ってきた。だが、それぞれの胸の内には、確かな緊張感が、静かに残り続けていた。
夕暮れの学園を歩きながら、ニコラスはふと空を見上げた。これから始まる新たな学期が、どんな出来事をもたらすのか――その予感は、期待と、僅かな不安が入り混じったものだった。
「なあ、こんな時こそ、みんなでパーッと気晴らしでもしないか?」
ルーカスが場の空気を変えるように、明るくそう提案した。
「賛成! 明日は休みだし、街にでも出かけようよ」
フェリックスも即座に乗っかる。
「まあ、たまにはそういうのも悪くないな」
エドワードが珍しく素直に同意すると、ニコラスも自然と笑みがこぼれた。
「うん、じゃあ決まりだね」
重い空気を少しでも和らげようとする仲間たちの気遣いに、ニコラスは改めて、この四人でいられることのありがたさを噛みしめていた。
(第23話へ続く)




