第20話「不穏な影」
合宿三日目、朝食を終えた生徒たちの前に、グレイソン先生が神妙な面持ちで現れた。
「今日は、この合宿の目玉となる実技試験を行う。班ごとに演習林の奥地へ進み、指定されたポイントに設置された『証』を回収してくること。制限時間は三時間。他の班との接触も想定される、実戦形式の試験だ」
その説明に、生徒たちの間に緊張の色が広がった。
「実戦形式って、他の班と競うってことだよな」
ルーカスが真剣な表情でそう呟く。
「順位も記録されるらしいから、気を抜けないな」
フェリックスも珍しく引き締まった顔をしていた。
「僕たちの班なら、問題ないだろう」
エドワードが静かにそう言うと、ニコラスも頷いた。
「うん、みんなで力を合わせれば大丈夫」
「おい、そういう時こそフラグって言うんじゃないか?」
ルーカスが茶化すように言うと、フェリックスがすかさず突っ込んだ。
「その言い方、なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「気にするな、ただの軽口だ」
そんな軽いやり取りを交わしながらも、四人は装備を整え、指定されたルートへと足を踏み入れた。
演習林の奥は、拠点エリアとは打って変わって、木々が生い茂り、視界の悪い場所が多かった。
「証は、確かこの辺りにあるはずだ」
エドワードが地図を確認しながら先導する。慣れない地形に苦戦しながらも、四人は着実に目的地へと近づいていった。
「あった、あれだ」
木の根元に隠された、小さな旗のようなものを見つけたルーカスが、声を上げる。
「よし、やっぱり俺たちの班が一番乗りだな!」
得意げにガッツポーズを決めるルーカスに、フェリックスが冷静に突っ込んだ。
「まだ他の班の到着時間、分からないだろ」
「細かいこと言うなよ! 今だけは俺に浸らせてくれ!」
だが、その瞬間、茂みの奥から複数の気配が近づいてくるのを、ニコラスは感じ取った。
「誰か来る」
姿を現したのは、別の班の生徒たちだった。その中心にいたのは、以前の実習で見かけた、少し攻撃的な雰囲気を持つ上級生――五年生の一団だった。
「おや、後輩たちが先に見つけたのか。これは残念だな」
その上級生――名をガレスというらしい――は、薄ら笑いを浮かべながら近づいてきた。彼の背後には、数名の取り巻きが控えている。
「先に見つけたのはこっちだ。悪いが、譲るつもりはない」
エドワードが警戒するようにそう応じると、ガレスは肩をすくめた。
「別に取り上げようってわけじゃない。ただ、少し確認したいことがあってな」
そう言って、ガレスの視線がニコラスへと向けられた。
「お前が、噂のローウェルか。学園中で話題の、規格外の一年生」
「……何の用だろう」
ニコラスが警戒しながらそう返すと、ガレスは値踏みするような目でこちらを見つめた。
「いや、大したことじゃない。ただ、うちの家の者が、お前に興味を持っていてな」
「家の者?」
「まあ、それは今言うことじゃないか。そのうち、分かる時が来るだろう」
思わせぶりにそう言い残すと、ガレスは取り巻きを引き連れ、その場を後にした。
残された四人の間に、一瞬の沈黙が流れた。
「なんだったんだ、あれ」
ルーカスが訝しげにそう呟く。フェリックスも、どこか落ち着かない様子で腕を組んだ。
「あの家名、確か……」
「知っているのか、フェリックス」
エドワードが尋ねると、フェリックスは少し言い淀んでから答えた。
「うちの父さんの取引先で、名前を聞いたことがある。確か、最近急速に力をつけている貴族家の一つだったはずだ」
その言葉に、ニコラスは以前エドワードから聞いた「新興の貴族家」の話を思い出した。
「もしかして、それって――」
「……ああ、恐らく、僕の家と対立している家の一つだろう」
エドワードが硬い表情でそう答えた。周囲の空気が、にわかに緊張を帯びる。
「まさか、そいつらがニコラスに目をつけてるってことか?」
ルーカスの言葉に、誰も答えることができなかった。
「……とにかく、今は試験に集中しよう。この話は、また後でゆっくり考える」
ニコラスがそう場を収めると、エドワードも小さく頷いた。だが、その表情には、隠しきれない懸念の色が滲んでいた。
証を回収し、拠点エリアへと戻る道中、ニコラスの脳裏には、先ほどのガレスの言葉が、いつまでも小さな棘のように引っかかり続けていた。
(僕に興味を持っている、家の者……)
学園という守られた場所の外側で、何かが静かに動き始めている――そんな予感を、ニコラスはこの時、初めてはっきりと感じ取っていた。
演習林の空には、いつの間にか、灰色の雲が広がり始めていた。
拠点エリアに戻ると、他の班は既にそれぞれの成果を報告し合い、賑やかな空気に包まれていた。だが、ニコラスたちの班だけは、どこか重い沈黙をまとったまま、その輪の中に加わっていった。
「ニコラス君、なんだか元気ないですね。大丈夫ですか?」
離れた場所から駆け寄ってきたソフィアが、心配そうにそう尋ねる。
「あ、うん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」
ニコラスは努めて明るくそう答えたが、その表情には、隠しきれない翳りが残っていた。シャルロットもその様子に気づいたのか、少し眉をひそめた。
「何かあったの?」
「……後で、ゆっくり話すよ」
そう言って、ニコラスは小さく笑みを作った。だが、心の中では、先ほどのガレスの言葉が、まだ静かに渦を巻き続けていた。
(第21話へ続く)




