第19話「夜番の怪談」
合宿二日目の夜、拠点エリアには当番制の「夜番」が設けられていた。
「今夜の夜番は、俺とニコラス、フェリックス、エドワードだったな」
ルーカスが確認するように、班のメンバーを見回す。焚き火を囲んで夜警をしながら、周囲の異常がないかを見張るのが夜番の役目だった。
「夜番って言っても、実際何かあるのか?」
フェリックスが不安げにそう尋ねると、グレイソン先生が巡回中にふと立ち寄り、答えた。
「このあたりは、比較的安全な区域だ。だが、稀に小型の魔物が迷い込むこともあるから、油断はしないように」
そう告げて先生が去っていくと、四人だけの静かな夜が始まった。
「なあ、こういう時って、決まって怪談話とかするもんじゃないか?」
ルーカスがにやりと笑いながらそう切り出した。
「やめてくれ、そういうの苦手なんだ」
フェリックスが即座に拒否の姿勢を見せる。
「意外だな。お前、そういうの平気そうな顔してるのに」
「顔は関係ないだろ! とにかく、俺は反対だからな!」
「ふん、怖いなら素直にそう言えばいいものを」
エドワードが冷ややかにそう言うと、フェリックスはむきになって言い返した。
「べ、別に怖いわけじゃ……ただ、雰囲気的に良くないと思っただけで!」
「まあまあ、そんなに怖いなら、僕らだけでこっそりやる?」
ニコラスがからかうようにそう言うと、フェリックスは涙目になりながら首を横に振った。
「そういう仲間外れも困る! なら、聞くだけは聞くから、変な効果音とかつけるなよ!」
その必死な様子に、周囲は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、俺から一つ。この演習林には、昔、道に迷った旅人が二度と戻ってこなかったっていう言い伝えがあるらしいんだ」
ルーカスが声を潜めてそう語り始めると、フェリックスは既に耳を塞ぎかけていた。
「森の奥で、夜な夜な、すすり泣くような声が聞こえるって話でな……」
「ちょ、ちょっと待った! 今、なんか音しなかったか!?」
フェリックスが飛び上がるようにそう叫んだ瞬間、茂みの奥から、確かにガサガサという音が聞こえてきた。
「ひぃっ!」
フェリックスが情けない悲鳴を上げて、思わずエドワードの背中に隠れる。
「離れろ、暑苦しい」
エドワードが冷静に手を振り払おうとする一方、ニコラスは既に音の正体を見極めていた。
「大丈夫、ただの小動物だと思うよ」
そう言って茂みに近づくと、そこから顔を出したのは、丸々とした毛玉のような小型の生き物だった。演習林に生息する、無害な野生動物の一種らしい。
「な、なんだ、これだけかよ……」
フェリックスが安堵の息を吐き出すと、ルーカスが腹を抱えて笑い出した。
「お前、めちゃくちゃビビってたな! さっきの悲鳴、すごかったぞ!」
「うるさい! 誰だって、あんな不気味な演出の後じゃ驚くだろ!」
「エドワードの背中に隠れるとか、俺でなきゃ見逃しちゃうくらいの動きだったぞ」
ルーカスがからかうようにそう言うと、フェリックスは顔を真っ赤にして反論した。
「その言い方、地味に古臭くないか!?」
「うるさいな、細かいことは気にするな!」
そんな騒がしいやり取りに、エドワードまでもが珍しく小さく笑い声を漏らしていた。
「お前たちといると、退屈しないな」
「エドワード様がそれ言うの、なんか新鮮ですね」
ニコラスがそう言うと、エドワードは僅かに気恥ずかしそうに視線を逸らした。
小動物はといえば、四人の騒ぎに驚いたのか、あっという間に茂みの奥へと姿を消していった。
「まあ、何事もなくて良かったよ」
ニコラスがそう締めくくると、フェリックスが疲れたようにため息をついた。
「頼むから、もう怪談話はやめてくれ……今夜はもう、心臓が持たない」
「意外と繊細なんだな、フェリックスって」
「うるさい! これは繊細っていうより、常識的な反応だ!」
ムキになって言い返すフェリックスに、ルーカスがにやにやしながら追い打ちをかけた。
「じゃあ、俺が持ってきたもう一個の話、聞くか? これも結構有名な話でさ――」
「聞かない! 絶対聞かないからな!」
フェリックスが両手で耳を塞ぎながら叫ぶと、その様子を見ていたエドワードが、珍しく愉快そうに口の端を上げた。
「そこまで嫌がるほどのことか」
「エドワード様まで、僕をからかうんですか!?」
「別に、からかってはいない。ただ、面白いと思っただけだ」
「それを世間では、からかうって言うんですよ!」
フェリックスの必死な抗議に、ますます笑いが広がる。
「じゃあ、次は何の話をする?」
ルーカスが楽しそうにそう尋ねると、フェリックスは即座に答えた。
「明るくて、平和で、絶対に何も飛び出してこない話がいい!」
その必死な訴えに、四人はまた顔を見合わせて笑い合った。
「じゃあ、俺の田舎の話でもするか。うちの村には、毎年変な形の野菜ができる祭りがあってさ」
ルーカスがそう切り出すと、フェリックスは心底ほっとしたように表情を緩めた。
「それだ! それがいい! もっと聞かせてくれ!」
「そんなに食いつくことか……?」
ルーカスが呆れながらも、村の収穫祭にまつわる、他愛のない話を語り始める。四人はそれぞれに耳を傾けながら、焚き火の温かさに包まれていった。
演習林の夜は、こうして賑やかに更けていった。
(第20話へ続く)




