第18話「演習林の合宿」
合宿当日、学園近郊の演習林の入り口には、大荷物を背負った生徒たちがずらりと並んでいた。
「重い……なんでこんなに荷物多いんだよ」
ルーカスが背負った大きな荷袋を担ぎ直しながら、うめくようにそう言った。
「野外での生活技術も学ぶって言ってたでしょ。テント、寝袋、調理道具、非常食……最低限必要なものだけでも、これくらいにはなるわよ」
シャルロットがそう説明しながらも、自身の荷物は意外にも軽装で、周囲の生徒たちから羨望の視線を集めていた。
「シャルロットさん、なんでそんなに荷物少ないんですか?」
ソフィアが不思議そうに尋ねると、シャルロットは扇を軽く振りながら涼しい顔で答えた。
「実家から、専属の使用人が同行してくれることになっているの。荷物運びは、その人にお任せするつもりよ」
「それ、合宿の意味あるのか……?」
フェリックスが呆れたようにそう呟くと、シャルロットは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「合宿は合宿、快適さは快適さよ。両立できるなら、それに越したことはないでしょう」
その堂々とした態度に、周囲は苦笑するしかなかった。
「にしても、五日間もあの荷物運びの人と一緒に行動するの? なんか、それはそれで気まずくない?」
ルーカスが率直にそう尋ねると、シャルロットは扇で口元を隠しながら涼しい顔で答えた。
「彼、うちに長年仕えてくれている、腕の立つ従者よ。むしろ、五日間の護衛としても心強いくらいだわ」
「それもう、合宿っていうか遠征じゃないか……」
フェリックスの呆れたような呟きに、周囲からも小さな笑いが漏れた。
「今回の合宿では、班ごとに拠点を作り、五日間、演習林内での様々な課題をこなしてもらう」
グレイソン先生の説明が始まると、生徒たちは真剣な表情で耳を傾けた。今回の班分けは、これまでの実技試験や演習の成績を基に、教師陣が独自に編成したものだという。
「発表するぞ。ニコラス・ローウェル、ルーカス、フェリックス、そして――エドワード」
その名前が読み上げられた瞬間、教室にざわめきが広がった。
「マジかよ、エドワード様と同じ班かよ」
ルーカスが驚きの声を上げると、当のエドワードは腕を組んだまま、特に表情を変えることもなく応じた。
「別に、構わない。むしろ、実力を確かめる良い機会だ」
「相変わらず、上から目線だな……」
フェリックスがぼそりと呟くと、エドワードは鋭くそちらを一瞥した。
「聞こえているぞ」
「す、すみません!」
そんなやり取りに、周囲からくすくすと笑い声が漏れる。シャルロットとソフィアは、別の班に振り分けられ、少し離れた場所で顔を見合わせていた。
「私たち、離れ離れになっちゃいましたね」
「まあ、五日間だけの話だから。何かあったら、すぐに集合場所で会えるでしょう」
演習林の中に設けられた拠点エリアに到着すると、各班はそれぞれ割り当てられた区画で、テントの設営に取り掛かった。
「よし、まずはテントだな」
ルーカスが張り切って作業を始めるが、慣れない手つきで悪戦苦闘している。
「ルーカス、そのやり方だと崩れるよ。支柱はこっちから――」
ニコラスが見かねて手を貸すと、みるみるうちにテントが形になっていった。
「お前、こういうのも得意なのかよ」
「まあ、キャンプの経験は前世でもあったし」
前世の記憶にある、社会人サークルでのキャンプ経験が、こんな形で役立つとは、ニコラス自身も少し意外だった。
一方、フェリックスは焚き火の準備に苦戦していた。
「あれ、おかしいな。火打ち石って、こう擦れば火がつくはずじゃ……」
何度試しても火花すら出せないフェリックスの様子を見かねて、エドワードがふいと近づいてきた。
「貸してみろ」
「え、エドワード様、こういうのできるんですか?」
「当然だ。貴族の子弟としての教養に、野営の基礎知識も含まれている」
そう言って、エドワードは慣れた手つきで火打ち石を扱い、あっという間に小さな炎を灯してみせた。
「す、すごい……!」
フェリックスが素直に感心すると、エドワードは僅かに得意げな表情を見せた。
「これくらい、当然だ」
その様子に、ニコラスは思わず小さく笑った。
「意外と、面倒見いいんだね、エドワードって」
「な――誰が、面倒見がいいだと。ただ、あまりに手際が悪いのを見ていられなかっただけだ」
慌てたように否定するエドワードの様子に、ルーカスも笑いながら口を挟んだ。
「その言い方、逆に照れ隠しっぽくて分かりやすいですよ、エドワード様」
「うるさい!」
賑やかな一日目の準備が、こうして過ぎていった。演習林の空には、次第に夕暮れの色が広がり始めていた。
夕食の時間、拠点エリアには、いくつもの焚き火の明かりが灯り始めた。ニコラスたちの班も、エドワードが起こした火を囲んで、簡単な野営食を用意していた。
「意外と、悪くない味だな」
エドワードが、ルーカス特製のスープを口にしながらそう呟いた。
「だろ! これでも田舎じゃ、キャンプ料理には自信あるんだぜ」
ルーカスが得意げに胸を張る。
「田舎の生活力、馬鹿にできないな」
フェリックスが感心したようにそう言うと、ニコラスも頷いた。
「僕も見習わないとな。前世の記憶だけじゃ、実際の火起こしとかは、やっぱり体で覚えないと難しいし」
「前世の記憶って何の話だ」
エドワードが不思議そうに首を傾げると、ニコラスは慌てて誤魔化した。
「あ、いや、なんでもないよ。ただの独り言」
「変な奴だな、相変わらず」
エドワードがそう呆れたように言うと、周囲に小さな笑いが広がった。焚き火の炎が、四人の顔をほのかに照らしている。
(第19話へ続く)




