第16話「一年目の終わりに」
冬季休暇が明け、学園には再び日常が戻ってきた。もっとも、一年目の締めくくりとして、生徒たちを待っていたのは、学年末の総合試験だった。
「うう、勉強したくない……」
図書室の片隅、机に突っ伏したルーカスが、うめくようにそう呟いた。
「剣術の実技は余裕でも、座学は本当にダメなのね」
シャルロットが呆れながらも、彼のために簡単な要点をまとめたノートを差し出す。
「あ、ありがとう……お前、意外と優しいな」
「意外とは失礼ね」
そんなやり取りを横目に、フェリックスは涼しい顔で計算問題を解き進めていた。
「僕はもう、この辺は完璧だからな。逆に実技の方が心配だよ」
「フェリックス君の場合、剣術の試験、最低限クリアできればいいと思いますよ」
ソフィアが控えめにそうフォローすると、フェリックスは「その言い方、地味に傷つくな」と苦笑いを浮かべた。
一方、ニコラスはといえば、座学も実技も、すでに危なげなく仕上がっている状態だった。前世の記憶による基礎学力と、規格外の実技能力が組み合わさった結果、試験勉強にはほとんど不安がない。それでも、友人たちに合わせて、こうして図書室で時間を共にすることが、ニコラスにとっては何より楽しい時間だった。
「ニコラスは、いいよなぁ。余裕そうで」
ルーカスが恨めしそうにそう呟くと、ニコラスは苦笑した。
「余裕があるなら、僕がルーカスの分まで勉強教えるよ」
「マジか! 頼む!」
「その代わり、僕にも運動、少し付き合ってよね」
「うっ……分かった、分かったよ」
ルーカスが渋々といった様子で頷くと、フェリックスがすかさず割り込んだ。
「じゃあ僕も、剣術の型だけでも見てもらおうかな」
「フェリックスは、まず素振りからだよ、素振りから」
ニコラスが苦笑しながらそう返すと、フェリックスは大げさに天を仰いだ。
「うう、僕の平和な学生生活が、体育会系に乗っ取られていく……」
その様子に、シャルロットとソフィアもくすくすと笑い出し、図書室の一角は、いつの間にか賑やかな笑い声に包まれていた。司書の職員から「静かに」と注意される一幕もあったが、それすらも、今となっては良い思い出の一つになりそうだった。
こうして、その日の午後は、即席の勉強会という形で過ぎていった。
数日後に行われた総合試験の結果は、概ね予想通りのものだった。ニコラスは全科目で学年トップの成績を収め、ルーカスは剣術こそ好成績だったものの、座学は辛うじて合格点という結果に終わった。フェリックスは逆に座学で満点近い点数を叩き出しながら、実技はぎりぎりの合格ラインだった。
「まあ、及第点なら十分だろ」
ルーカスが開き直ったようにそう言うと、フェリックスも同意するように頷いた。
「そうそう、赤点じゃなければ勝ちだよ、勝ち」
「二人とも、その考え方、来年痛い目見ると思うわよ」
シャルロットの冷静な指摘に、二人は同時に肩を落とした。
学年末、体育館で行われた終業式には、一年生から六年生まで、全ての生徒たちが集まっていた。壇上に立った学園長が、この一年を振り返る挨拶を述べていく。
「今年度も、多くの成長が見られました。中でも――」
学園長がそこで一瞬、ちらりとA組の方向へと視線を向けた。その視線の先には、他の生徒たちに紛れるようにして座るニコラスの姿があった。
「一年間、実に様々な出来事がありました。皆さんの今後の更なる成長を、心より楽しみにしています」
当たり障りのない言葉で締めくくられた挨拶だったが、それを聞いていたグレイソン先生とレイラ先生は、互いに視線を交わし、小さく頷き合っていた。ニコラスの存在は、教師陣の間で、依然として静かな注目の的であり続けていた。
終業式の後、教室に戻った五人――ニコラス、ルーカス、フェリックス、シャルロット、ソフィアは、それぞれの荷物をまとめながら、この一年を振り返っていた。
「なんだかんだ、色々あったなぁ、この一年」
ルーカスがしみじみとそう呟く。
「本当にね。模擬試合に、合同演習に、収穫祭の騒動……」
シャルロットがそう言うと、フェリックスが慌てて口を挟んだ。
「その騒動の話、もう蒸し返さないでくれって言ったよね!?」
「あら、忘れるはずないじゃない、あんな面白いこと」
くすくすと笑うシャルロットに、フェリックスはがっくりと肩を落とした。その様子に、教室には温かな笑い声が響き渡る。
「来年も、みんなで一緒にいられるといいですね」
ソフィアがそう言うと、全員が自然と頷いた。
「当たり前だろ。俺たちは、もう仲間なんだから」
ルーカスの言葉に、フェリックスも大きく頷いた。
「そうそう。それに、来年こそは僕の商才を、ちゃんとした形で発揮してみせるからな」
「その台詞、収穫祭の後に聞くと、逆に不安になるんだけど」
シャルロットの容赦ない突っ込みに、フェリックスは「うっ」と声を詰まらせ、教室にはまた笑いが起きた。
ルーカスの言葉に、ニコラスは小さく微笑んだ。前世では経験することのなかった、こうした確かな絆で結ばれた仲間との日々。それは、ニコラスにとって、何にも代えがたい、大切な宝物になりつつあった。
窓の外には、王都に降り注ぐ、穏やかな春の陽射しが広がっていた。学園一年目の物語は、こうして温かな余韻を残しながら、幕を閉じた。
だが、この平穏な日々の裏側で、ニコラスの規格外の力は、静かに、しかし確実に、その輪郭を強めていっていた。それが、やがて訪れる二年目、そしてさらにその先の未来に、どのような波紋を広げていくのか――この時の誰にも、まだ知る由はなかった。
(第17話へ続く)




