第15話「冬の帰省と、家族の反応」
一年目の学期も終わりに近づき、学園には冬季休暇の知らせが届いた。
「やっと家に帰れる……」
ルーカスが安堵の息を漏らしながら荷物をまとめている。数ヶ月ぶりの帰省に、教室全体がどこか浮き足立った空気に包まれていた。
「ニコラス君も、実家に帰るんですか?」
ソフィアに尋ねられ、ニコラスは頷いた。
「うん、久しぶりにミレット村に帰るよ。父さんと母さん、兄さんと姉さんにも会いたいし」
「いいですね……私も、久しぶりに家族に会うのが楽しみです」
そう言うソフィアの表情には、いつもより少し明るい色が浮かんでいた。
冬季休暇の初日、馬車に揺られてミレット村へと戻ったニコラスを、真っ先に出迎えたのは、勢いよく駆け寄ってきた姉のマリーだった。
「ニコラス! 大きくなったんじゃない?」
「マリー姉さん、まだ数ヶ月しか経ってないよ」
「細かいこと気にしない! それより、学園の話、色々聞かせなさいよね」
マリーに続いて、書物を片手にのんびりとした足取りで現れたのは兄のジークだった。
「おかえり、ニコラス。手紙で書いてた模擬試合の話、詳しく聞きたいな」
「うん、色々あったんだ」
そして、家の奥から現れた両親――ヴィルとエレーナは、成長した息子の姿を見て、それぞれに感慨深げな表情を浮かべていた。
「ずいぶん、逞しくなったな」
「本当ね。少し背も伸びたんじゃない?」
穏やかな父の言葉と、目を細める母の様子に、ニコラスは久しぶりの我が家の温かさを、じんわりと噛みしめていた。
夕食の席では、学園での出来事が話題の中心になった。ニコラスが模擬試合や実技授業での出来事をかいつまんで話すと、家族全員が驚きと感心の入り混じった表情を見せた。
「魔物を実習用の短剣で撃退した、ですって?」
エレーナが目を丸くしながらそう聞き返す。
「あ、うん、そんな感じ」
「そんな感じって、あなた、それ普通に大変な話でしょう」
「まあまあ、無事だったんだからいいじゃないか」
ヴィルが穏やかにそう取りなす一方で、マリーは興奮気味に身を乗り出した。
「ねえねえ、それって私も剣術で似たようなことできるようになるかな? 今度実家に帰ってきたら、私にも稽古つけてよ」
「マリー姉さんも、十分強いと思うけど」
「もっと強くなりたいの! こう見えて、負けず嫌いなのよ」
母親譲りの負けず嫌いな一面を見せるマリーに、ジークが苦笑しながら口を挟んだ。
「姉さんは、ちょっと落ち着いた方がいいと思うけどな」
「ジークは黙ってて! あんたは魔法ばっかりで、剣の腕はからっきしなんだから」
「うっ、それを言われると弱い……」
兄妹の軽快なやり取りに、食卓には温かな笑い声が広がった。前世では、こうした賑やかな家族の団らんを経験する機会があまりなかったニコラスにとって、この時間は何にも代えがたい、大切なものだった。
「そういえば、ニコラス。学園の友達の話も聞かせてよ」
マリーがそう尋ねると、ニコラスは友人たちのことを一人ずつ紹介していった。剣術は得意だが座学が苦手なルーカス、商才を自称しては空回りするフェリックス、お嬢様気質のシャルロット、控えめだが芯のあるソフィア――。
「ふふ、賑やかそうで何よりだわ」
エレーナが微笑ましそうにそう言うと、ヴィルも小さく頷いた。
「良い友人に恵まれているようで、安心したよ」
「うん、みんな、それぞれに個性的だけどね」
ニコラスがそう答えると、ジークがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、収穫祭で何か騒動があったって手紙に書いてなかったか? 詳しく聞きたいんだが」
「あ、あれは……その、話すと長くなるんだけど」
ニコラスが苦笑しながらフェリックスの占いクッキー事件について語り始めると、食卓はまた新たな笑いに包まれた。
「その子爵家のご令嬢が呆れる気持ち、よく分かるわ」
エレーナがくすくすと笑いながらそう言う横で、マリーは涙が出るほど笑い転げていた。
食後、父ヴィルにふと呼び止められ、ニコラスは庭へと連れ出された。
「少し、稽古でも見てもらおうかと思ってな」
「今日はもう遅いし、明日でもいいんじゃない?」
「まあ、そう言うな。少しだけだ」
そう言って、父は木剣を手渡してきた。夜の帳が下りた庭で、親子二人だけの軽い打ち合いが始まる。数合ほど剣を交わしたところで、ヴィルは満足げに剣を下ろした。
「うん、しっかり鍛錬を続けているようだな」
「父さんに教わったこと、忘れてないつもりだよ」
「その言葉が聞けて嬉しいよ」
ヴィルは目を細めながらそう言うと、ニコラスの頭を、子供の頃と変わらぬ手つきで軽く撫でた。
まさかこの時、二人とも――数年後、この同じ庭で交わされる本気の模擬戦が、家族の平穏な日常を大きく揺るがすことになるとは、想像もしていなかった。
「にしても、マリーの奴、剣術教えろってうるさくてな。休暇中、覚悟しておいた方がいいぞ」
ヴィルが苦笑しながらそう言うと、ニコラスも思わず笑ってしまった。
「まあ、姉さんらしいっちゃらしいけどね」
「お前の母親も、若い頃は似たようなものだったよ」
「え、それって聞いていいやつ?」
「本人には内緒だぞ」
父と子、二人だけの秘密めいた笑い声が、静かな庭に響いた。冬の夜空の下、ミレット村の穏やかな時間が、静かに流れていった。
(第16話へ続く)




