第154話 山道の分断
二日後の朝、帝都の北門には、共同調査隊の隊列が整えられていた。
王国側の使節団から、エルンスト大臣、レオン、ミレーナ、カイ、そしてニコラス。帝国側からは、皇帝レオポルトと、護衛の兵士が三十人。その先頭に立つ、鎧姿の大男が、一歩前へ進み出た。
「護衛隊長のガルドだ。陛下の御身は、我々が、命に代えても、お守りする」
「よろしくお願いします、ガルド殿」
エルンスト大臣が、礼儀正しく挨拶を返す。ニコラスは、ガルドの目に、一瞬、冷ややかな光が走るのを、見逃さなかった。
「ニコラスさん」
隊列の後方から、見覚えのある年配の男が、こっそりと近づいてきた。ハンスだった。
「副官殿。ご無事でしたか」
「ええ。陛下の命により、案内役として同行します」
ハンスは、声を落として、続けた。
「あのガルドは、宰相閣下の腹心です。陛下の護衛というのは、名目に過ぎません。……どうか、油断なさらぬよう」
「分かっています。ありがとうございます」
隊列が、動き出した。北へ向かう街道は、次第に、険しい山道へと変わっていく。馬車の窓から、切り立った岩壁が、迫ってくる。
「いい景色だな。落ちたら、確実に、死ぬけど」
カイが、馬車の窓から、谷底を覗き込んで、呑気に呟いた。
「カイさん、不吉なことを言わないでください」
「いや、事実を述べただけだ」
「事実を述べなくていいんです」
「二人とも、静かにしろ」
レオンの低い声が、馬車内に響く。だが、その直後、レオン自身が、窓の外へ目を凝らした。
「……おかしい。護衛の配置が、さっきから、少しずつ、ずれている」
「ずれている、ですか」
「前後に偏らせて、中央を、手薄にしている。これは、分断を狙った布陣だ」
ニコラスも、『探知』で、周囲を探った。確かに、護衛兵の気配が、馬車列の前方と後方に、集まっている。そして、岩壁の上方に、いくつかの不自然な気配が、潜んでいた。
「上に、人がいます。十人以上。弓を持っているようです」
「やはり、罠か」
エルンスト大臣が、静かに、拳を握りしめた。
「全員、警戒を。馬車から降りる準備を」
その瞬間、前方から、爆音が、轟いた。
「うわっ!」
岩壁の一部が、崩れ落ちる。巨大な岩が、馬車列の中央に、雪崩のように降り注いだ。
「馬車を、捨てろ!」
レオンの叫びとともに、全員が、馬車から飛び出した。ニコラスは、『加速』で、近くにいた皇帝レオポルトの腕を掴み、崩落の範囲から、引きずり出した。
「陛下、こちらへ!」
「ニコラス……!」
土煙の中、轟音が、鳴り止まない。やがて、静寂が戻った時、ニコラスの目の前には、巨大な岩の壁が、立ちはだかっていた。
「レオンさん! ミレーナさん! 大臣!」
呼びかけても、返事はない。岩壁の向こう側に、ミレーナたちが取り残されたのだ。こちら側に、いるのは、ニコラスと、皇帝レオポルト、カイ、そして、ハンスの四人だけだった。
「くそっ、分断されたか!」
カイが、拳で岩を叩く。その時、背後から、複数の足音が、近づいてきた。
「陛下、ご無事ですか!」
現れたのは、ガルドと、十人ほどの護衛兵だった。表情は、心配そうに見えるが、その手には、抜き身の剣が握られている。
「ガルド、これは、どういうことだ」
レオポルトが、毅然と問う。ガルドは、薄く笑った。
「陛下は、不慮の事故に遭われた、ということになります。残念ながら」
「貴様、やはり、宰相の差し金か!」
ハンスが、剣を抜いて、レオポルトの前に立つ。カイも、腰の剣に手をかけた。
「おいおい、堂々と、殺意を向けてくるとは、潔いな」
「皇帝が、いなくなれば、この国は、宰相閣下のものになる。お前たち、使節団の若造も、まとめて、事故で片付けてやる」
ガルドの合図で、護衛兵たちが、一斉に、剣を構えた。ニコラスは、一歩前へ出て、胸の奥の共鳴に、意識を向けた。
その時、不意に、背後の山肌から、低い唸りのような音が、響いてきた。
「……え?」
ニコラスが、振り返る。崩れた岩壁の隙間から、巨大な洞窟の入り口が、顔を覗かせていた。壁面には、見覚えのある、古代文字が、淡く光っている。
「あれは……遺跡の、入り口?」
「まさか、崩落で、隠されていた入り口が、露わになったのか」
レオポルトが、驚きの声を上げた。ニコラスの胸の結晶が、ひときわ強く、鼓動する。あの洞窟の奥から、確かに、呼ぶ声が、聞こえる。
『……来たか。共鳴する者よ』
ガルドの兵が、じりじりと、距離を詰めてくる。逃げ場は、背後の洞窟しかなかった。
「みんな、あの洞窟へ!」
ニコラスの叫びに、カイが、レオポルトの手を引いて、走り出す。ハンスが、殿を務めながら、兵の追撃を食い止める。四人は、闇の口を開けた古代の遺跡へと、駆け込んでいった。
第155話へ続く




