第148話 王の執務室
翌朝、ニコラスが案内されたのは、前回の、荘厳な謁見の間ではなかった。王城の奥まった一角にある、窓の大きな、落ち着いた執務室だった。
「ここは……?」
「陛下が、普段、政務を執られる部屋だ。今回は、公式な謁見ではない。内密の、報告の場だ」
先導するレオンが、小声で説明してくれた。扉の前には、騎士団長ヴァルターが、腕を組んで待っている。
「来たか、ニコラス殿。今回の功績、私からも、礼を言わせてもらう」
「いえ、そんな。皆さんのおかげです」
「謙遜は、もう十分だ。……さあ、入りなさい」
扉が開かれると、窓際の机の向こうで、国王が、静かに顔を上げた。前回の謁見の間で見た時よりも、ずっと穏やかで、疲れの滲んだ表情をしている。
「よく、戻った。ニコラス・ローウェル」
「陛下。ご心配をおかけしました」
シャルロットに叩き込まれた作法で、ニコラスは、丁寧に礼をした。国王が、ふっと、口元を緩める。
「ほう。前回よりも、ずいぶん、板についてきたな」
「ありがとうございます。実は、礼儀作法の先生が、とても厳しい方でして」
「ははは。それは、頼もしい」
国王が、小さく笑った。執務室の空気が、ほんの少し、和らぐ。
「さて。レオンから、概要は聞いている。ガルメア要塞の件、そして、古代の遺産のことも。詳しく、聞かせてくれるか」
「はい」
ニコラスは、一つ一つ、順を追って話していった。商人の荷から魔晶石を見つけたこと。河原での罠。そして、ガルメア要塞の地下で出会った、守り手のこと。
八つ目の力については、迷いながらも、正直に伝えた。国王は、一度も口を挟まず、真剣な眼差しで、ニコラスの言葉に耳を傾けていた。
「……『共鳴』、か」
話を聞き終えた国王が、深く、息を吐いた。
「古い書物には、似た記述がある。古代の民は、魔力と心を通わせ、世界の調和を保っていた、と。だが、その力が、現代に蘇るとは」
「陛下、この力は、決して、人に知られてはならないと、レオンさんに言われました」
「その通りだ。この件は、ここにいる者たちと、私の胸の内に留める。もちろん、お前の望む通りにだ」
国王の言葉に、ニコラスは、思わず目を見開いた。
「望む通り、ですか」
「そうだ。お前は、冒険者として生きたいのであろう? 国に仕える騎士ではなく、自由な身として」
「……はい」
「ならば、そうしなさい。私は、お前を、縛りはしない」
意外な言葉だった。国王は、静かに続ける。
「だが、一つだけ、頼みがある。お前の力が、再び必要になった時には、手を貸してほしい。強制ではない。ただ、友人として、頼むかもしれない、という話だ」
「友人、ですか」
「そうだ。国王と、一人の冒険者という関係では、お前の自由を、奪ってしまうからな」
国王の目が、穏やかに、細められた。ニコラスは、胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
「……ありがとうございます、陛下。もちろん、喜んで」
「うむ。……では、本題に入ろう」
国王の表情が、再び、引き締まった。
「ゼノンの取り調べが、進んでいる。奴は、頑なに口を閉ざしているが、副官のハンスが、いくつか、重要な証言をしてくれた」
「どんな、証言でしょうか」
「ヴァルシア帝国の皇帝は、まだ、若い。そして、側近たちに、操られている節がある、というのだ」
その言葉に、レオンとヴァルターが、顔を見合わせた。
「ゼノンの言っていた『切り札』は、その側近の一人が、帝国の北方で発見した、別の古代遺跡のことらしい。そこには、ガルメア要塞のものとは違う、もう一つの『守り手』が、眠っているという」
「もう一つの、守り手……」
ニコラスは、思わず、掌の中の、小さな結晶に触れた。ほんのりと、温かい。
「その遺跡が、どうなっているかは、まだ分からない。だが、放置すれば、同じ悲劇が、繰り返されるかもしれん」
「陛下は、どうなさるおつもりですか」
「帝国と、直接、話し合う。停戦の交渉を、正式に進める。そのために、使節団を派遣することにした」
国王が、まっすぐに、ニコラスを見つめた。
「ニコラス・ローウェル。お前に、使節団への、同行を、頼みたい」
「俺が、ですか?」
「ああ。お前には、ガルメア要塞で、帝国軍の副官ハンスと、顔を合わせた縁がある。そして何より、古代の力と通じ合える、お前の存在は、交渉の場でも、きっと、役に立つ」
国王は、そこで、ふっと苦笑した。
「もちろん、断ってくれても、構わない。先ほども言った通り、強制ではない」
ニコラスは、しばらく、黙っていた。帝国へ向かう。それは、再び、危険な旅になるだろう。けれど、守り手の力を、再び悪用されるわけにはいかない。そして何より、あの孤独な声を、もう一度、聞くことがあるかもしれない。
「……分かりました。お引き受けします」
「そうか。感謝する」
「ただし、条件があります」
「聞こう」
ニコラスは、にっこりと、笑って、続けた。
「報酬は、事前に、明記してください。それと、仲間への連絡手段も」
一瞬の沈黙のあと、執務室に、国王の、豪快な笑い声が、響き渡った。
「はははは! レオンから聞いていた通りだ! お前は、本当に、面白い男だな!」
隣で、レオンが、そっと、顔を覆っていた。
第149話へ続く




