第147話 おかえりなさい
王都の城門が見えてきた時、ニコラスは、なぜか、胸が締めつけられるような感覚に襲われた。たった一か月足らずの旅だったのに、ずいぶん長い間、離れていたような気がする。
「やっと、帰ってきたな」
隣を歩くカイが、大きく伸びをした。その肩には、なぜか、新しい箒が、斜めに担がれている。
「カイさん、その箒、どうしたんですか」
「ハルベルクの守備隊長が、記念にくれたんだ。『英雄の二代目箒』だとさ」
「……もう、何も言いません」
「そこは言えよ! 突っ込んでくれよ!」
和やかなやり取りを交わしながら、一行は城門をくぐった。護送馬車に乗せられたゼノンは、そのまま騎士団の手によって連行されていく。ミレーナが、小さく手を振って、研究院へと戻っていった。
「ニコラス、俺たちは、このまま騎士団本部へ向かう。陛下への謁見は、明日の朝だ。それまで、ゆっくり休め」
「ありがとうございます、レオンさん」
「……それと」
レオンが、ふっと表情を和らげた。
「お前を待っている人間が、すぐそこにいる。先に、行ってやれ」
その視線の先、城門前の広場に、見慣れた縦ロールが、揺れていた。
「……シャルロット」
呼びかけた声は、かすれていた。次の瞬間、縦ロールの少女が、全速力で、こちらへ駆け出してきた。
「ニコラス!」
勢いよく飛び込んできたシャルロットを、ニコラスは、慌てて受け止めた。細い腕が、ぎゅっと、背中に回される。
「遅い! 遅すぎるわよ、バカ!」
「ご、ごめん。あの、シャルロット、周りの人が見て……」
「見てればいいじゃない! 私は、ずっと、心配してたんだから!」
涙混じりの声に、ニコラスは、何も言えなくなった。そっと、シャルロットの背中を、抱きしめ返す。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
しばらくして、シャルロットは、ようやく顔を上げた。目の縁が、赤く腫れている。それを隠すように、ぷいとそっぽを向いた。
「べ、別に、泣いてなんかないんだからね。目に、砂が入っただけよ」
「うん、分かってる」
「分かってるなら、いいのよ」
ふと、周囲を見回すと、広場の隅で、ソフィアとフェリックスが、手を振っている。ソフィアの目も、うっすら潤んでいた。
「ニコラスさん、おかえりなさい!」
「おー、勲章持ちの英雄様のご帰還だー!」
「フェリックス、その呼び方はやめて」
「いやいや、事実だろ! 国境の要塞を一人で崩壊させたって、王都中の噂になってるぞ!」
「崩壊させたのは、俺じゃないよ!? 守り手さんが……いや、色々あって」
「ほらほら、また謙遜する!」
フェリックスの声が、広場に響き渡る。通りかかった人々が、ちらちらと、こちらを振り返った。ニコラスは、頭を抱えたくなった。
「と、ともかく、場所を変えない? 落ち着いて話したいんだ」
四人は、近くの食堂の、静かな個室に移動した。ニコラスは、鞄から、小さなランプを取り出して、ソフィアの前に置いた。
「ソフィア。このランプが、俺たちを、救ってくれたんだ」
「え……」
ソフィアが、ランプを手に取った。その表面が、ほんのりと、金色の光を、帯びている。
「これ、魔力が……こんなにも、蓄積されて」
「うん。要塞の魔晶石の魔力を、このランプを通して、光に変えたんだ。ソフィアとローランドさんが作ってくれたランプがなかったら、俺は、何もできなかった」
「そんな……」
ソフィアが、ランプを胸に抱いて、俯いた。肩が、小刻みに震えている。
「……ずっと、不安でした。この研究が、悪い人たちに利用されるんじゃないかって。でも、ニコラスさんが、この光で、たくさんの人を、救ってくれたんですね」
「ソフィアたちの研究が、守ってくれたんだよ」
ソフィアが、顔を上げて、涙を浮かべたまま、微笑んだ。
「ありがとうございます、ニコラスさん」
「お礼を言うのは、こっちだよ」
和やかな空気の中、シャルロットが、じっと、ニコラスを見つめていた。
「ねえ、ニコラス。お土産は?」
「あ、そうだった。ちょっと待って」
ニコラスは、鞄の奥から、小さな布包みを取り出した。そっと開くと、中には、道中、本に挟んで丁寧に乾かした、淡い色の一輪の花が、収まっていた。
「これは……?」
「ガルメア要塞の跡に、咲いた花なんだ。数千年も続いた荒野に、突然、花畑が広がってね。その中から、一輪だけ、摘んできた」
シャルロットが、押し花を、そっと、手に取った。窓から差し込む光に、花びらが、淡く透けている。
「……綺麗」
「気に入ってもらえた?」
「……ええ、とても」
シャルロットは、ふっと、柔らかな笑みを浮かべた。それは、これまで見たどんな笑顔よりも、穏やかで、優しかった。
「ありがとう、ニコラス。大切にするわ」
「よかった」
フェリックスが、こそこそと、ソフィアに耳打ちしている。
「なあ、ソフィア。俺たち、お邪魔じゃないか?」
「しっ、静かに。今、いいところですから」
「聞こえているわよ、二人とも!」
シャルロットの怒声が、個室に響き渡った。四人は、顔を見合わせて、一斉に、笑い出した。
窓の外では、王都の夕暮れが、優しく街を染めていた。明日は、国王への謁見が、待っている。けれど、今夜だけは、ただ、仲間たちと過ごす、穏やかな時間に浸っていたかった。
第148話へ続く




