第144話 小さなランプの光
赤い光が、地下空洞を、血のように染め上げていく。無数の魔晶石が、不気味な唸りを上げて、限界へと近づいていた。
「あと、どのくらいで起爆する!?」
「分かりません! でも、あまり時間は残っていません!」
ミレーナの悲鳴にも似た声が、結界の内側から響く。ニコラスは、巨大な水晶の前に立ち、深く息を吸った。
「守り手さん。聞こえますか」
『聞こえている、共鳴する者』
頭の中に、静かな声が、応える。
「あの魔晶石を、全部、止めたいんです。でも、俺一人の力じゃ、きっと足りない。手を貸してもらえませんか」
『……よかろう。ただし、一つだけ、条件がある』
「条件?」
『あの石に溜まった魔力は、あまりに膨大だ。それを、お前の体だけで受け止めれば、お前は、壊れてしまう。流れを、どこかへ逃がさなければならない』
ニコラスは、はっと息を呑んだ。逃がす先。魔力を受け止める、器。
「……あります」
ニコラスは、ポケットから、小さなランプを取り出した。ソフィアとローランドが、徹夜で完成させた、魔力蓄積効率を極限まで高めた、最新型の試作品。
『それは?』
「友達が、俺のために作ってくれた、小さなランプです。普通のランプの三倍以上、魔力を溜め込めるんです」
『……小さな器だ。あの膨大な魔力を、全て受け止めるには、あまりに足りない』
「分かっています。だから、あなたにも、手伝ってほしいんです」
ニコラスは、小さなランプを、両手で、そっと水晶に近づけた。
「あなたの力と、魔晶石の力を、このランプを通して、少しずつ、解き放つ。壊す力じゃなくて、世界を照らす光として、使いたいんです」
しばらくの沈黙のあと、守り手の声が、微かに震えた。
『……光、か。私が、戦いのために造られた力を、ただの光に変えようと言うのか』
「はい。それが、俺の答えです」
『……愚かで、美しい答えだ』
その言葉とともに、水晶が、柔らかな光を放った。ニコラスの掌の中で、ランプが、淡く、温かく輝き始める。
「させるか!」
ゼノンが、叫び声を上げて、手の中の魔道具を、高く掲げた。
「全て、吹き飛べ!」
赤い光が、一際強く脈動した。起爆の瞬間が、迫る。
その時、ひゅっと風を切る音がして、何かが、ゼノンの手元に飛んできた。
「うおおおお! 箒、アタック!」
カイの投げた、折れた箒の先が、見事にゼノンの手首を直撃した。魔道具が、からんと乾いた音を立てて、地面を転がる。
「な……箒、だと!?」
ゼノンが、信じられないといった顔で、呆然とする。
「すまんな、将軍さん。俺の掃除道具は、ただの掃除道具じゃないんだ」
「そうか、そうか。……ふざけるな!」
怒りに駆られたゼノンが、剣を抜いて、カイに斬りかかろうとした。だが、その間に、レオンが、鋭く割り込む。
「お前の相手は、俺だ」
金属がぶつかり合う、甲高い音が、空洞に響き渡った。レオンの剣が、ゼノンの剣を弾き飛ばし、そのまま喉元に、切っ先を突きつける。
「勝負は、ついた。大人しく、投降しろ」
「……くっ」
ゼノンが、悔しげに歯噛みする。その背後で、ミレーナが、素早く魔法の鎖を放ち、ゼノンの両手を縛り上げた。
「今です、ニコラスさん!」
「はい!」
ニコラスは、ランプを握りしめ、目を閉じた。胸の奥の共鳴が、水晶の鼓動と、完全に重なり合う。
「いくよ。……みんなの力を、光に変える」
魔晶石の円環から、赤い光が、一本、また一本と、ニコラスの掌へと、流れ込んでくる。守り手の力が、その流れを、優しく、穏やかに導いていた。小さなランプが、眩い金色の光を放ち始める。
「うわあ……!」
カイが、思わず声を上げた。赤い光が、ランプの中で、溶けるように、柔らかな金色へと、変わっていく。空洞全体が、まるで朝日を浴びたように、温かな光で満たされていった。
やがて、全ての魔晶石から、赤い輝きが、消えた。
静寂が、地下空洞を包んだ。ニコラスは、ゆっくりと、目を開けた。掌の中のランプは、穏やかな光を湛えて、揺れている。
『……ありがとう、共鳴する者』
守り手の声が、静かに、ニコラスの心に響いた。
『私は、長い間、孤独だった。だが、今、初めて、安らぎを感じている』
「守り手さん……」
『私の力は、この光とともに、世界へ、少しずつ、還っていくだろう。そして、私は、ようやく、眠ることができる』
巨大な水晶が、ゆっくりと、輝きを弱めていく。その表面に、細かなひびが、走り始めた。
『お前の仲間に、伝えてくれ。小さな光の中にも、世界を変える力が、宿っていることを』
「必ず、伝えます」
『さらばだ、共鳴する者。……最後に、礼を』
水晶の中心から、小さな光の粒が、ふわりと浮かび上がった。それは、ニコラスの掌に、そっと降りてきて、澄んだ宝石のような、小さな結晶となった。
次の瞬間、空洞が、大きく揺れ始めた。
「まずい、崩れるぞ! 全員、急げ!」
レオンの号令とともに、全員が、出口へ向かって駆け出す。ゼノンを引きずりながら、階段を駆け上がる四人の背後で、巨大な水晶が、静かに、光の粒となって、消えていった。
第145話へ続く




