第141話 要塞の地下
ガルメア要塞の正門前には、荷馬車の長い列ができていた。補給物資を運び込む商人たちが、衛兵の検査を順番に受けている。
「いいか、俺たちは、ただの鉱石商人だ。堂々としていろ」
レオンの低い声に、全員が小さく頷いた。ニコラスは、荷運びの見習いらしく、背を丸めて荷馬車の傍らを歩いていた。要塞に近づくほど、体の奥の共鳴が強くなり、足元がふわふわと浮き上がるような感覚に包まれる。
「次の者、前へ」
衛兵の呼び出しに、レオンが許可証を差し出した。衛兵は書類に目を通すと、ふと、顔を上げた。
「ハルベルクの一団か。昨夜の便が、戻ってこなかったと聞いているが」
一瞬、空気が凍りついた。ミレーナが、さりげなく一歩前に出る。
「その件でしたら、私どもが、お詫びに参ったのです。道中、野盗に襲われまして、先発の荷馬車が、足止めを食らったようで」
「野盗?」
「ええ。ですので、代わりに、こちらの荷を、お届けに上がりました」
淀みのない説明に、衛兵は、少し考え込んだが、やがて頷いた。
「……分かった。荷は、東倉庫に運べ。下がっていいぞ」
荷馬車が、ゆっくりと門をくぐっていく。ニコラスは、ほっと息をついた。ミレーナの機転に、心から感謝する。
要塞の内部は、外から見た以上に広かった。兵士たちが慌ただしく行き交い、鍛冶場からは、金属を叩く音が絶え間なく響いている。そして、どこへ行っても、微かな魔力の波動が、壁や床を伝って流れていた。
東倉庫に荷を降ろしたところで、レオンが、素早く合図を送った。
「ここからは、二手に分かれる。ニコラスとミレーナは、要塞の構造と、魔晶石の集積場所を探ってくれ。俺とカイは、兵の配置と、動きを調べる」
「了解です」
「おう、任せとけ!」
カイが、なぜか箒を手に取って、意気揚々と敬礼した。
「……それは、何だ」
「掃除係に変装すれば、どこにでも潜り込める! 完璧だろ!」
「要塞に、そんな係はいない」
「いるかもしれないだろ!」
「いても、箒を持ったまま敬礼はしない」
結局、カイは、箒を持ったまま、レオンに引きずられていった。ミレーナが、小さく首を振って、ニコラスに向き直る。
「行きましょう、ニコラスさん」
二人は、荷運びの作業員を装って、倉庫の奥へと進んだ。ニコラスは、『共鳴』の感覚を頼りに、魔力の流れを辿っていく。まるで、見えない糸が、足元から続いているようだった。
「こっちです。魔力が、地下へ向かって、集まっています」
倉庫の隅の、古びた鉄扉。その向こうに、地下へと続く、長い階段があった。見張りの兵が、居眠りをしている。ミレーナが、小声で詠唱し、兵の周囲に、淡い霞を漂わせた。深い眠りに落ちた兵を横目に、二人は、静かに階段を降りていく。
地下に進むほど、空気は冷たく、重くなっていった。足音を殺して降りる階段は、いつまでも終わらないように思える。
「ニコラスさん、顔色が、すぐれませんね」
「魔力の波が、どんどん強くなっているんです。でも、不思議と、怖くはなくて」
「それは、あなたの力が、この場所と響き合っているからでしょう。無理をなさらないでくださいね」
ミレーナの気遣いに、ニコラスは小さく頷いた。ランプの小さな光を、袖の下に隠しながら、握りしめる。ソフィアが託してくれた温もりが、冷たい地下の空気の中で、唯一の拠り所だった。
石の壁には、見覚えのある文字が、びっしりと刻まれている。
「ニコラスさん、この文字は……」
「古代文明の遺跡と、同じです」
王都近郊の遺跡で見た、あの幾何学模様。壁面の文様が、あの時と全く同じ意匠を、描いていた。
「まさか、この要塞は、古代の遺跡の上に、建てられているんですか」
「たぶん、そうです。そして、魔晶石は、この遺跡の力を、引き出すために、集められている」
階段の最下層に辿り着くと、そこには、巨大な空洞が広がっていた。天井まで届くほどの、巨大な水晶が、空洞の中央に鎮座している。その周囲を、無数の魔晶石が、円を描くように取り囲んでいた。
「これが、遺跡の、心臓部……」
ミレーナが、息を呑む。巨大な水晶の内部には、淡い青白い光が、ゆっくりと脈動していた。ニコラスは、その光の奥に、あの冷たい意志の気配を、はっきりと感じ取った。
「……起きようとしている」
「え?」
「この水晶の中の、何かが。満月の夜に、完全に、目を覚ますつもりです」
背筋を、冷たいものが、駆け上がっていく。遺跡の結晶を鎮めた時とは、規模が、まるで違う。ここにあるのは、一国を滅ぼしかねないほどの、膨大な力だった。
その時だった。
「素晴らしい。やはり、君の力は、本物だったか」
背後から、聞き覚えのある声が、静かに響いた。ニコラスとミレーナが、弾かれたように振り返る。
階段の上から、ゆっくりと降りてくる、長身の影。肩に掛けた外套には、隣国の将校を示す、金糸の紋章が輝いている。
あの夜、河原で出会った男が、薄い笑みを浮かべて、立っていた。
「待っていたよ、ニコラス・ローウェル。……いや、魔晶石と語らう少年、と呼んだ方が、いいかな」
第142話へ続く




