第135話 怪しい商人の言い訳
倉庫に流れた沈黙を、最初に破ったのは、他でもないカイだった。
「いやあ、すみませんねえ! 実は私、道に迷ってしまいまして! ここは、どちらの倉庫でしょうか?」
「……お前、さっき、荷物を取りに来たと言っただろう」
「そうなんですよ! 取りに来たんですが、何を取りに来たのか、忘れてしまいまして!」
「忘れた?」
「ええ、私、物忘れが激しいもので! 昨日も、自分の宿の場所を忘れて、三軒隣の宿で朝まで寝てました!」
胸を張って語られる、あまりにも堂々とした失態談に、頭目の男は、完全に毒気を抜かれた表情になった。ニコラスは、背中に冷や汗をかきながら、慎重に口を挟む。
「あ、あの、この人は、うちの店の常連さんなんです。いつも、こんな調子で……すみません、すぐに連れて帰りますので」
「店? お前は、荷運びの小僧ではなかったのか」
「あ、いえ、荷運びも、店の手伝いも、掛け持ちでして……」
「そうそう、この子は働き者でしてね! 私が保証しますよ!」
カイが、ばしばしとニコラスの背中を叩く。余計な保証が、かえって怪しさを増しているのだが、頭目の男の警戒は、確実に薄れつつあった。
「……まあいい。ここは、関係者以外立ち入り禁止だ。さっさと出ていけ」
「はいはい、失礼しましたー! ほら、行くぞニコラス!」
カイに腕を引かれ、ニコラスは倉庫を後にした。宿の外へ出ると、二人は人気のない路地まで、一気に駆け抜けた。
「はあ、はあ……カイさん、どうして、あそこに!?」
「いやあ、見張りをしてたら、お前の顔が、どんどん青ざめていくのが見えてさ。これは、まずいと思って、咄嗟に変装して突っ込んだんだ」
「変装って、その布、全然隠れてないじゃないですか」
「え、そうか? 結構、似合ってると思ったんだけどな」
「似合ってるかどうかの問題じゃないです……」
ニコラスは、がっくりと肩を落としたが、やがて、小さく笑ってしまった。
「でも、助かりました。ありがとうございます」
「いいってことよ! 仲間だろ?」
カイが、白い歯を見せて笑う。その屈託のなさに、ニコラスの緊張が、ふっと緩んだ。
「それにしても、あの頭目、俺の言い訳を、よく信じたよなあ」
「信じたというより、呆れ果てて、考えるのをやめたんだと思います」
「なるほど。つまり、作戦通りってことだな!」
「作戦なんて、一度もなかったですよね!?」
ニコラスの突っ込みが、夕暮れの路地に響いた。カイは、腹を抱えて笑っている。この調子の良さが、時に、張り詰めた場の空気を救うのだろうと、ニコラスは思った。
宿舎に戻ると、レオンとミレーナが、すでに待ち構えていた。倉庫での出来事を報告すると、二人の表情が、みるみる険しくなっていく。
「魔晶石の大量備蓄に、隣国軍の紋章か……。想定していた中でも、最悪の部類だな」
「ですが、問題は、これを証拠として提示できるかどうかです」
ミレーナが、静かに指摘した。
「『解析』で読み取った情報は、スキルの性質上、第三者には検証できません。ニコラスさんの証言だけでは、相手が正式な許可証を持っている以上、強制的な摘発は難しいでしょう」
「つまり、現行犯で押さえる必要がある、ということか」
レオンが、腕を組んで唸る。
「その通りです。魔晶石を、国境を越えて運び出そうとする、その瞬間を押さえれば、言い逃れはできません」
「毎晩のように、夜更けに荷馬車が出入りしていると、守備隊長は言っていたな」
「はい。おそらく、少しずつ、隣国側へ運び出しているのでしょう」
そこで、ニコラスが、おずおずと手を挙げた。
「あの、一つ、気になることがあるんです」
「何だ?」
「倉庫で、魔晶石に触れた時、俺の中で、何かが、反応したような気がして」
全員の視線が、ニコラスに集まった。
「反応、とは?」
「うまく言葉にできないんですけど、王都を出てから、時々、七つのスキルのどれとも違う、変な感覚があるんです。その感覚が、魔晶石に触れた瞬間に、一瞬だけ、強くなって……」
ミレーナの目が、鋭く光った。
「それは、興味深いですね。魔晶石に、共鳴する、何か……」
「もしかして、八つ目のスキル、とかか?」
カイが、冗談めかして言ったが、誰も笑わなかった。それがあり得ない話ではないことを、全員が、よく分かっていたからだ。
「……ともかく、今は、作戦を立てるのが先決だ」
レオンが、話を切り替えた。
「守備隊長に話を通して、今夜の荷馬車の動きを監視する。ニコラスの『探知』があれば、見張りの配置も、最小限で済むはずだ」
「分かりました。やってみます」
ニコラスが頷くと、ミレーナが、ふっと表情を和らげた。
「大丈夫ですよ。私たちが、ついています」
「そうそう! 何かあったら、俺が、また変装して突っ込んでやるからな!」
「それだけは、本当にやめてください」
即答したニコラスに、レオンが、小さく口元を緩めた。
「……はい。ありがとうございます」
窓の外では、夕暮れの空が、少しずつ、濃い藍色へと変わっていた。今夜、動きがあるかもしれない。ニコラスは、手元の小さなランプに、そっと触れた。ソフィアが託してくれた光が、柔らかく、手のひらを温めている。
作戦開始の時刻は、刻一刻と、近づいていた。
第136話へ続く




