第133話 街道の夜営
王都を発って三日目の夕暮れ、調査隊は、街道沿いの開けた野原で夜営の準備を始めていた。
「よーし、今夜の飯は、俺に任せろ! 斥候の腕の見せどころだ!」
意気揚々と宣言したのは、陽気な騎士のカイだった。腰に手を当てて胸を張る姿は自信に満ち溢れているが、レオンとミレーナは、なぜか揃って、そっと視線を逸らしている。
「あの、カイさんって、料理が得意なんですか?」
ニコラスが小声で尋ねると、レオンが、遠い目をして答えた。
「……得意かどうかは、見解が分かれるな」
「どういう意味ですか?」
「すぐに分かる」
その言葉の意味は、三十分後に、嫌というほど思い知らされることになった。
「できたぞー! カイ特製、野営風・肉と野草の煮込みだ!」
鍋から立ち上る湯気に、ニコラスは期待半分、不安半分で顔を近づけた。次の瞬間、鼻を突いたのは、食べ物とは思えない、強烈な香りだった。
「……カイさん、これ、何を入れたんですか」
「ん? そこらへんに生えてた野草と、干し肉と、あと隠し味に、さっき見つけた赤いキノコ!」
「赤いキノコ!?」
ニコラスは、慌てて『解析』を発動させた。鍋の中身が、頭の中で、次々と分解されていく。
「カイさん、ストップ! そのキノコ、毒があります!」
「え、マジで?」
「マジです! 食べたら、半日はお腹を壊すやつです!」
「うわああああ! 危ねえ!」
カイは慌てて、鍋を地面から遠ざけた。レオンが、深々とため息をつく。
「だから、言っただろう。お前の料理は、いつも何かが入りすぎなんだ」
「いや、でもよ、前に食った時は大丈夫だったんだぜ?」
「それは、別のキノコだったんでしょうね」
ミレーナが冷静に指摘して、カイはがっくりと肩を落とした。全員が空腹で呆然とする中、ニコラスは、そっと荷物から、フェリックスに持たされた保存食を取り出した。
「あの、よければ、これを使いませんか。俺が作り直しますから」
「え、ニコラス、料理できるのか?」
「前世で、一人暮らしが長かったので。一通りは」
そう答えて、ニコラスは手際よく、野草の中から食べられるものだけを選り分けていく。『解析』のおかげで、毒の有無は一目瞭然だった。干し肉を細かく刻み、保存食の穀物と合わせて、鍋でじっくりと煮込んでいく。
やがて、食欲をそそる香りが、夜営地に広がった。
「うまっ! なんだこれ、めちゃくちゃうまいぞ!」
最初に木のスプーンを口に運んだカイが、目を丸くした。
「本当ですね。優しい味で、体が温まります」
「……悪くない」
ミレーナとレオンも、素直に感想を口にする。ニコラスは、少し照れくさそうに、頭をかいた。
「ありがとうございます。フェリックスの保存食が、いい素材だっただけですよ」
「いやいや、腕前も確かだって! ニコラス、お前、冒険者じゃなくて料理人でもやっていけるぞ!」
「それは、遠慮しておきます」
笑い声が、夜の野原に響き渡った。焚き火の炎が揺れて、仲間たちの顔を、柔らかく照らしている。
食事を終えると、ミレーナが、ふと真剣な声色で切り出した。
「ところで、ニコラスさん。今回の調査について、少し共有しておきたいことがあります」
「はい、なんでしょう」
「国境付近で目撃された商人の一団ですが、荷物の中身が、魔力を帯びた鉱石ではないか、という情報があるんです」
「魔力を帯びた鉱石……?」
「ええ。魔力を溜め込む性質の石で、大量に集めれば、兵器の材料にもなり得ます」
その言葉に、焚き火の周りの空気が、ぴんと張り詰めた。
「だとすると、隣国が、戦いの準備を進めている可能性がある、ということですか」
「あくまで、可能性の段階です。ですが、ニコラスさんの『解析』があれば、荷物の正体も、はっきり分かるかもしれません」
ミレーナの言葉に、ニコラスは、静かに頷いた。責任の重さが、じわりと肩にのしかかってくる。
「分かりました。できる限り、力を尽くします」
「頼もしいな。だが、無理はするなよ。お前は、まだ新人なんだからな」
レオンが、いつもの渋い表情で言う。その声には、確かな気遣いが滲んでいた。
見張りの順番を決め、他のメンバーが眠りについた後、ニコラスは、一人で焚き火の番をしていた。夜空には、満天の星が広がっている。
「シャルロット、今頃、何してるかな……」
ふと呟いて、彼女に手紙を書こうと思い立つ。荷物から紙とペンを取り出し、膝の上で、ゆっくりと文字を綴り始めた。
その時だった。
「……っ」
体の奥から、またあの感覚が湧き上がってきた。七つのスキルのどれとも違う、不思議な違和感。しかも今回は、王都で感じた時よりも、はっきりと強い。
ニコラスは、思わず自分の胸に手を当てた。まるで、何かが、遠くから呼びかけているような、そんな感覚だった。
「これは……国境の方角、か?」
違和感は、確かに、北の空の向こうから流れてくるようだった。焚き火の炎がぱちりと爆ぜて、ニコラスは、はっと我に返る。感覚は、再び霧のように消えていた。
「……本当に、何なんだろう」
答えの出ない疑問を抱えたまま、ニコラスは、北の闇を、じっと見つめ続けた。
第134話へ続く




