第130話 勲章持ちの冒険者
翌朝、ニコラスは久しぶりに、王都の冒険者ギルドへ足を運んだ。遺跡調査と謁見が続いたせいで、通常の依頼をこなす機会が、すっかり遠のいていたのだ。
「さて、今日は普通の依頼を……」
ギルドの扉を開けた瞬間、ざわめいていた室内が、ぴたりと静まり返った。
「……え?」
居合わせた冒険者たちの視線が、一斉にニコラスへと集まっている。何事かと立ち尽くしていると、屈強な大男が、ずいと前に進み出てきた。
「お前が、噂の『勲章持ち』か」
「あ、いえ、その、はい……一応」
「おおおおお! 本物だ!」
次の瞬間、ギルド中から歓声が上がった。あっという間に、ニコラスは冒険者たちに囲まれてしまう。
「国王陛下に直接会ったんだろ? どんな感じだった?」
「勲章、見せてくれよ!」
「ランクDで勲章って、前代未聞だぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 勲章は宿に置いてきましたから!」
「持ち歩いてないのか!? もったいない!」
「持ち歩いて落としたら、大変じゃないですか!」
必死の弁明も虚しく、ニコラスはもみくちゃにされ続けた。目立たないようにという忠告が、またしても木端微塵になっていく音が、確かに聞こえた気がする。
「はいはい、そこまでにしてください。ニコラスさんが困っていますよ」
凜とした声が響き、人垣が割れた。受付嬢のミレイユが、呆れたような笑顔でカウンターから手招きしている。
「おはようございます、ニコラスさん。大変な人気者になられましたね」
「おはようございます……。正直、まったく嬉しくないんですけど」
「ふふ、でしょうね。さあ、こちらへどうぞ。今日は、依頼をお探しですか?」
「はい。簡単なものでいいので、何か……」
ニコラスが掲示板に目を向けると、そこには、見慣れない貼り紙が目立っていた。
「『国境付近の隊商護衛』『国境街道の巡回補助』……こんなに、国境関連の依頼が?」
「ええ。ここ数日で、急に増えているんです」
ミレイユが、声を潜めて答える。
「しかも、報酬が相場より高いんです。依頼主は、商人ギルドや、国境近くの領主様方が多いですね。みなさん、何かを警戒していらっしゃるようで」
「……やっぱり、ガレスの言っていた通りか」
ニコラスが小さく呟くと、ミレイユが首を傾げた。
「何かご存じなんですか?」
「いえ、知り合いから、少し話を聞いただけです」
曖昧に誤魔化しつつ、ニコラスは、改めて掲示板を見つめた。国王の言葉、ガレスの報告、フェリックスの商人の勘――そして、この依頼の急増。点と点が、少しずつ、線になり始めている。
その時、ギルドの入り口から、聞き覚えのある声が響いた。
「ニコラス、ここにいたか」
振り返ると、そこには、王国騎士のレオンが立っていた。装いはいつもより改まっていて、表情も、どこか硬い。
「レオンさん? どうされたんですか」
「少し、時間をもらえるか。……できれば、場所を変えたい」
ただならぬ雰囲気に、ニコラスは頷いた。ミレイユに軽く会釈をして、レオンの後に続く。ギルドを出る間際、背後から、冒険者たちの野次が飛んできた。
「いよっ、勲章持ち! 騎士様からお呼び出しだぞー!」
「また何かやらかしたのかー?」
「やらかしてません!」
反射的に叫び返すと、ギルド中に笑い声が弾けた。レオンが、横目でちらりとニコラスを見て、小さく息を吐く。
「……お前は、本当に、どこへ行っても賑やかだな」
「好きで賑やかになってるわけじゃないんですけどね」
ギルド近くの静かな喫茶店に入ると、レオンは、周囲に人がいないことを確かめてから、声を落とした。
「先日の謁見の件だが、陛下は、本気でお前を頼りにしようとしておられる」
「頼りに、ですか?」
「ああ。隣国の動きは、我々が思っているより、早く進んでいるらしい。近々、騎士団から国境地帯への調査隊が派遣される予定だ。その際、お前にも、同行を打診することになるだろう」
その言葉に、ニコラスは息を呑んだ。
「俺が、騎士団の調査隊に……?」
「あくまで、打診の段階だ。強制ではない。ただ、お前の探知と解析の力は、調査において、何よりも価値がある。上層部は、そう見ている」
レオンの真剣な眼差しに、ニコラスは、すぐには答えを返せなかった。冒険者として自由に生きたいという思いと、国の力になりたいという思い。その両方が、胸の中で静かにせめぎ合う。
「正式な通達は、数日後になるだろう。それまでに、考えておいてほしい」
「……分かりました。考えます」
「それと、一つ忠告だ。この件は、まだ内密に頼む。冒険者たちの間に広まれば、無用な混乱を招きかねん」
「分かりました。……って、さっき、ギルドで盛大に騒がれたばかりなんですけど」
「だからこそだ。お前の周囲は、既に十分すぎるほど、注目されている」
レオンの苦笑混じりの言葉に、ニコラスは、がっくりと肩を落とした。
喫茶店を出て、一人で宿への道を歩きながら、ニコラスは、前世の記憶を辿っていた。組織に縛られず、自由に生きたい。そう願って、冒険者の道を選んだはずだった。けれど、この世界で出会った人々を思うと、守りたいものが、あまりにも増えすぎている。
「自由に生きるって、案外、難しいんだな……」
誰に聞かせるでもなく呟いたその時、ふと、体の奥で、微かな違和感が走った。七つのスキルのどれとも違う、これまで感じたことのない、不思議な感覚。
「……今の、何だ?」
立ち止まって意識を集中させるが、感覚は、すぐに霧のように消えてしまった。気のせいだったのだろうか。それとも――。
王都の空には、薄い雲が流れていた。静かな予感を胸に抱いたまま、ニコラスは、再び歩き出した。
第131話へ続く




