第129話 久しぶりの顔ぶれ
謁見から二日後の夕方、ニコラスはシャルロットに連れられて、王都の大通りに面した洒落た食堂を訪れていた。入り口には、すでに見慣れた顔が並んでいる。
「おーい、こっちこっち! 主役のご到着だぞー!」
大きく手を振っているのは、相変わらず賑やかなフェリックスだった。その隣では、ソフィアが控えめに微笑んでいる。そして、店の奥の席には――
「ニコラスさん! お久しぶりです!」
エミリーが、嬉しそうに立ち上がった。その隣では、ガレスが少し気恥ずかしそうに、片手を挙げている。
「久しぶりだな、ニコラス。元気そうで何よりだ」
「ガレス、エミリー! 本当に来てくれたんだ」
「ちょうどレイモンド家の用事で王都に来る予定があったのよ。シャルロットさんからの手紙を見て、慌てて日程を調整したの」
エミリーの説明に、ニコラスは胸の奥が温かくなるのを感じた。卒業から、まだそれほど経っていないはずなのに、六人が顔を揃えるのが、ずいぶん懐かしく思える。
「それにしても、ニコラス。聞いたぞ、勲章をもらったんだってな」
席に着くなり、ガレスが切り出した。
「え、もう知ってるの? 謁見、つい二日前なんだけど」
「王都中、その噂で持ちきりだぞ。『ランクDの新人冒険者が、国王陛下から直々に勲章を授かった』ってな」
「ちょっと待って、ランクDの部分が一番強調されてない?」
「実際、一番目を引く部分だからな」
ガレスの涼しい顔に、ニコラスは頭を抱えた。目立たないようにという忠告は、もはや完全に過去のものになってしまったらしい。
「あははは! いやあ、さすがニコラス! 目立たないように頑張れば頑張るほど、逆に目立っていく才能があるよな!」
「フェリックス、笑いごとじゃないんだけど」
「いやいや、商人として言わせてもらえば、これは最高の宣伝だぞ。『国王陛下お墨付きの冒険者』なんて、肩書きだけで売り込み放題じゃないか」
「売り込む予定は、今のところないから!」
ニコラスの突っ込みに、テーブルが笑いに包まれた。ソフィアも口元を押さえて、くすくすと肩を揺らしている。
「でも、本当にすごいです。ニコラスさんが、あの遺跡の魔力を安定させたって聞いて……私、研究者として、その場にいられなかったのが悔しいくらいです」
「ソフィアは、ローランドさんの研究室が忙しいでしょ。それに、あの場は結構危なかったから」
「危なかったのに、無茶をしたのよね」
隣から、シャルロットがじとりと視線を向けてくる。
「うっ……はい、すみません」
「分かればいいのよ。次はちゃんと、事前に相談すること」
「はい……」
シャルロットとニコラスのやり取りに、エミリーが、くすりと笑った。
「お二人とも、全然変わらないですね。安心しました」
運ばれてきた料理を囲みながら、それぞれの近況報告が始まった。エミリーは、レイモンド家の領地で、小さな商店にクイックレジやストックアイズを導入する仕事を進めているらしい。
「最初は『そんな便利な魔道具、使いこなせるかね』って、みんな半信半疑だったんです。でも、一度使ってもらうと、すっかり気に入ってくださって」
「エミリーの説明が丁寧だからな。俺が横で見ていて、何度感心したか分からない」
ガレスがさらりと言うと、エミリーの頬が、ほんのりと赤く染まった。
「ガ、ガレス様、そんな、大げさです」
「事実だ。それに、俺の方こそ、エミリーがいなければ、領地の人々とここまで打ち解けられなかった」
ガレスの真っ直ぐな言葉に、エミリーは完全に俯いてしまった。その様子を、フェリックスが、にやにやしながら眺めている。
「いやあ、いいねえ。見てるこっちまで、あったかい気持ちになるなあ」
「フェリックス、その顔やめなさい。失礼よ」
「えー、褒めてるのにー」
シャルロットの注意も、フェリックスには届かない。ニコラスは、そんな光景を見守りながら、ふと、こんな時間がずっと続けばいいのに、と思った。
ひとしきり食事を楽しんだところで、ガレスが、ふと表情を引き締めた。
「ところで、ニコラス。少し、真面目な話をしてもいいか」
「うん、どうしたの?」
「実は、レイモンド家の領地は、隣国との国境に近いんだ。最近、国境付近で、妙な動きがあってな」
その言葉に、テーブルの空気が、すっと静まった。ニコラスとシャルロットは、思わず顔を見合わせる。
「妙な動き、って?」
「見慣れない商人の一団が、頻繁に行き来しているんだ。荷物の中身が、どうにも商売向けとは思えなくてな。父上も、警戒を強めている」
「商人を装った……ってこと?」
シャルロットが、小さく呟いた。ニコラスの頭の中で、謁見の間で聞いた、国王の言葉がよみがえる。
「ガレス、実は俺も、陛下から似たようなことを言われたんだ。隣国との関係で、きな臭い動きがあるって」
「……やはり、そうか」
ガレスが、静かに頷いた。フェリックスも、いつもの軽薄な笑みを引っ込めて、腕を組んでいる。
「商人の間でも、ここ最近、国境近くの取引が減ってるって話は聞いてるぜ。物の流れが変わる時ってのは、大抵、何かが起きる前触れなんだよな」
「フェリックスまで、そう言うんだね」
「商人の勘ってやつだ。外れてほしいけどな」
重くなりかけた空気を、エミリーが、そっと和らげた。
「でも、今日は、せっかくみんなで集まれたんですから。難しいお話は、また今度にしませんか? 今は、再会を楽しみたいです」
「……そうだね。エミリーの言う通りだ」
ニコラスが笑顔で頷くと、ガレスも、ふっと表情を緩めた。
「悪かった。せっかくの席で、暗い話をしてしまったな」
「ううん、大事な話だから。ありがとう、教えてくれて」
その後は、また賑やかな時間が戻ってきた。フェリックスの商談失敗談に全員が腹を抱えて笑い、ソフィアが、小型ランプの試作品を鞄から取り出して、皆に披露する。
「わあ、可愛い……! 手のひらに乗るくらい小さいのに、ちゃんと明るいです」
「まだ改良の余地はあるんですけど、子供部屋に置くなら、このくらいの大きさがちょうどいいかなって」
エミリーが目を輝かせ、ガレスも感心したように、ランプを覗き込んでいる。卒業後も、それぞれが、確かな歩みを進めていることが、ニコラスには何よりも嬉しかった。
食事を終えて店を出ると、王都の夜空には、星が瞬いていた。
「また、みんなで集まろうな」
ガレスの言葉に、全員が、力強く頷く。
隣国の動き、未発見のスキル、そして、これから待ち受けているであろう様々な出来事。不安がないと言えば、嘘になる。それでも、この仲間たちがいる限り、きっと乗り越えていけるだろう――ニコラスは、そう信じて、夜空を見上げた。
第130話へ続く




