第128話 控室にて
謁見の間を退出したニコラスを待っていたのは、控室で今か今かと待ちわびていたシャルロットだった。扉が開いた瞬間、彼女は弾かれたように立ち上がった。
「ニコラス! どうだった、ちゃんとできた? 粗相はしてない?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、ニコラスは思わず苦笑した。
「大丈夫、ちゃんとできたよ。シャルロットが叩き込んでくれたおかげで」
「当たり前でしょう、私が教えたんだから。それで、それで? 陛下は何て?」
身を乗り出すシャルロットに、ニコラスは懐から、先ほど授与されたばかりの勲章を取り出して見せた。
「これ、もらっちゃった」
「……は?」
シャルロットの動きが、一瞬止まった。勲章の重厚な輝きを、まじまじと見つめている。
「エルデシア王国功労勲章、だって。遺跡の件を評価してもらえたみたい」
「ちょ、ちょっと待って。これ、本物? 冗談とかじゃなくて?」
「本物だよ。王城の紋章も入ってるし」
ニコラスが差し出した勲章を、シャルロットは恐る恐る受け取り、両手で捧げ持つようにしながら、まじまじと観察した。
「信じられない……子爵家の人間でも、滅多にもらえるものじゃないのよ、これ」
「そんなにすごいものだったんだ」
「当たり前でしょう! あなた、本当に自分の立場、分かってないんじゃないの!?」
シャルロットの声が、思わず上擦る。その勢いに、ニコラスは思わず一歩後ずさった。
「だ、だって、実感が全然湧かなくて。前世だったら、絶対あり得ない展開だし」
「前世とか関係ないわよ! 現実に、あなたは今、国王陛下直々に勲章を授かったのよ!」
シャルロットが、興奮気味にまくし立てる。だが、ふと言葉を切ると、今度は少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……でも、まあ。よかったわね。あなたの努力が、ちゃんと認められたってことなんだから」
「ありがとう、シャルロット。正直、シャルロットが指導してくれなかったら、謁見の作法でボロが出て、台無しになってたと思う」
「当然でしょう、私の指導なんだから」
ツンとした態度を崩さないシャルロットだったが、口元がわずかに緩んでいるのを、ニコラスは見逃さなかった。学園時代から変わらない、彼女らしい素直になれない優しさだった。
「それで? 他には何か言われなかったの?」
シャルロットの問いに、ニコラスは一瞬、言葉を詰まらせた。先ほどの国王の言葉――隣国との「きな臭い動き」という、意味深な一言が、頭の中でよみがえってくる。
「……実は、ちょっと気になることを言われたんだ」
「気になること?」
「近く、隣国との関係で、きな臭い動きがあるって。それで、いずれ俺にも、相応の役割を担ってもらうかもしれないって」
ニコラスの言葉に、シャルロットの表情が、すっと真剣なものに変わった。
「隣国との……。それは、穏やかじゃない話ね」
「シャルロットは、何か知ってる?」
「詳しいことまでは分からないけど……子爵家でも、最近、国境付近の警備強化についての話は、少し耳にしたことがあるわ。もしかしたら、本当に何か動いてるのかもしれない」
シャルロットの声のトーンが、普段よりも一段低くなっていた。その真剣な様子に、ニコラスもまた、改めて事の重さを実感する。
「正直、まだ実感は湧かないんだけど……いずれ、何か大きなことに関わることになるのかもしれない」
「なるようになる、としか今は言えないけど……あなた一人で抱え込まないでよね。私たちも、ちゃんとついてるんだから」
シャルロットの言葉に、ニコラスは温かいものを感じながら、静かに頷いた。
「ありがとう。……そういえば、エミリーとガレスにも、そろそろちゃんと会いたいな。手紙のやり取りだけじゃ、やっぱり物足りないし」
「そうね。卒業してから、あの二人とはまだ、ちゃんと顔を合わせてないものね」
「今度、みんなで集まれる機会、作れないかな」
ニコラスの提案に、シャルロットは少し考えてから、頷いた。
「悪くない考えね。せっかく王都に来てるんだし、タイミングを見て、声をかけてみましょうか」
控室の窓から差し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。慌ただしかった謁見の一日も、ようやく終わりを迎えようとしている。
「それにしても、勲章かあ……」
ニコラスは、改めて手元に戻ってきた勲章を眺めながら、小さく呟いた。遺跡での危機を乗り越えたこと、学園での数々の発明、そして謎に包まれた七つ目のスキル――振り返れば、自分でも信じられないほどの出来事が、この短い期間に積み重なっている。
「まだ見つかってないスキルも、本当にあるのかもしれないな」
「え、まだ何か隠されてるっていうの?」
シャルロットが驚いたように聞き返す。
「分からない。でも、『解析』で自分を調べた時、まだ何か引っかかるような感覚があったんだ。はっきりとは言えないんだけど」
「……あなたって、本当にどこまで規格外なのよ」
呆れたような、それでいてどこか誇らしげなシャルロットの声に、ニコラスは苦笑するしかなかった。前世の記憶を持つただの村人として始まったはずの人生が、今では想像もしていなかった場所まで、自分を連れてきている。それでも、こうして隣で支えてくれる仲間たちがいる限り、どんな道でも歩いていけるような気がした。
「さて、まずは礼装を返却しに行かないとね。それと、クラリスさんへの報告も」
「手伝うわよ。一人じゃ、絶対にまた何か忘れ物するでしょうから」
シャルロットの軽口に、ニコラスは笑いながら頷いた。謁見という大舞台を終えた安堵感と、これから訪れるであろう新たな波乱への予感を胸に、二人は夕暮れの王城を後にした。
第129話へ続く




