第126話 王城からの使者
報告から数日後、ニコラスが宿で依頼の整理をしていると、見慣れない紋章の入った封筒を携えた使者が訪ねてきた。
「ニコラス・ローウェル殿でお間違いございませんか」
「は、はい。そうですが……」
「王城より、陛下への謁見の招致状をお届けに上がりました」
その言葉に、ニコラスは思わず固まってしまった。
「え、陛下って、国王様、ですか……?」
「はい。此度の遺跡における功績について、直接お言葉を賜りたいとのことです」
使者が差し出した封筒には、エルデシア王国の紋章が、厳かに刻まれていた。ニコラスは、震える手でそれを受け取った。
「これは……断れないやつですよね」
「無論でございます」
使者の淡々とした返答に、ニコラスは乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「あの、謁見って、具体的に何をすればいいんでしょうか」
「陛下の御前にて、此度の功績について、簡単にご報告いただくことになります。作法等につきましては、追って城より、指南役を派遣いたしますので、ご安心を」
使者は、淡々とした口調のまま、淀みなく説明を続けた。王城の使者らしい、隙のない立ち振る舞いに、ニコラスは思わず気圧されてしまう。
「分かりました……謹んで、お受けします」
「それでは、失礼いたします」
使者は、深々と一礼すると、静かに宿を後にした。残されたニコラスは、しばらく呆然と、手の中の招致状を見つめていた。
謁見の日取りは、三日後と決められていた。慌てたニコラスは、まず研究院のクラリスのもとへと相談に向かった。
「クラリスさん、謁見って、どうすればいいんでしょうか。作法とか、全然分からなくて……」
「落ち着いてください、ニコラスさん。基本的な作法については、城の方で、事前に簡単な指導があるはずです。それに、今回はあくまで功績を称える場ですから、そこまで硬くなる必要はありませんよ」
クラリスの言葉に、ニコラスは少しだけ安堵した。
「ただ、服装だけは、きちんとした礼装を用意する必要がありますね。お持ちですか?」
「い、いえ……冒険者になってから、そんな機会、一度もなかったので」
「でしたら、知り合いの仕立て屋をご紹介します。急ぎで頼めば、三日あれば十分間に合うはずです」
クラリスの手配は早く、その日のうちに、ニコラスは仕立て屋で採寸を済ませることができた。
「お客様、採寸は以上になります。急ぎということでしたので、明後日の夕方までには、必ずお届けいたしますね」
仕立て屋の店主が、手慣れた様子で採寸結果を記録していく。生まれて初めての本格的な礼装に、ニコラスはどこかそわそわした気持ちを抑えきれなかった。
「ちなみに、謁見用の礼装って、普段の服と、何か違うんですか?」
「ええ、もちろんです。生地から仕立て方まで、格式に応じた細かい決まりがございましてね。まあ、お客様はお若いので、あまり堅苦しくなりすぎない範囲で、仕立てさせていただきますよ」
店主の軽妙な説明に、ニコラスは少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。
宿への帰り道、ニコラスはふと、シャルロットのことを思い出した。子爵家の令嬢である彼女なら、こういった場に慣れているはずだ。
「相談してみようかな」
その夜、ニコラスはシャルロットに手紙を書き、謁見のことを相談した。返事は、驚くほど早く届いた。
「ちょっと、謁見ですって!? それは大変じゃない! 今すぐそちらに向かうわ!」
手紙の文面からも、シャルロットの慌てぶりが伝わってくるようだった。思わず苦笑しながらも、ニコラスは、心強い援軍の存在に、密かに安堵していた。
翌日、本当にシャルロットが王都へとやってきた。
「ニコラス、聞いたわよ! 陛下への謁見だなんて、本当に規格外にもほどがあるでしょう!」
「来るの早すぎない? まだ手紙を出して、一日しか経ってないんだけど」
「こういう時は、スピードが命なのよ。さあ、作法について、私がみっちり教えてあげるから、覚悟しなさい」
シャルロットは、子爵家の令嬢らしい堂々とした態度で、早速、礼儀作法の指導を始めた。お辞儀の角度、言葉遣い、歩き方――普段意識したこともない細かな所作の数々に、ニコラスは目を白黒させるばかりだった。
「ちょ、ちょっと待って、情報量が多すぎる……」
「弱音を吐かない! 陛下の御前で粗相があったら、大変なことになるんだから」
シャルロットの厳しい指導に、ニコラスは冷や汗をかきながらも、懸命に食らいついていった。
三日後に迫った謁見という、人生で初めての大舞台を前に、ニコラスの胸には、緊張と、どこか他人事のような不思議な感覚が、入り混じっていた。前世でも、国の代表と直接言葉を交わす機会など、想像したことすらなかった。
「前世だったら、絶対ありえない展開だよなあ……」
誰に言うでもなく呟きながら、ニコラスは、慣れない礼装に袖を通す日が来ることを、静かに覚悟するのだった。それでも、こうして隣でシャルロットが支えてくれることが、何よりの心強さだった。
第127話へ続く




