第124話 古代の試練
結晶の輝きが増していく中、ゴーレムの体から、低く響くような音が聞こえてきた。言葉というよりも、何かの信号のような、規則的な振動だった。
「ニコラス、下がれ!」
レオンが鋭く叫ぶが、ニコラスは不思議と、恐怖を感じていなかった。
「大丈夫です。……これ、敵意じゃない。何か、伝えようとしてる」
意識を集中させると、『解析』のスキルを通じて、断片的なイメージが、頭の中に流れ込んでくる。古代の研究者たちが、この場所で、膨大な魔力を安定させる術式を研究していたこと。そして、長い年月を経て、その制御が、少しずつ綻び始めていたこと。
「……分かった。結晶の魔力が、制御を失いかけてるんだ。だから、周辺に異常な魔力が漏れ出してたんだと思う」
ニコラスの言葉に、クラリスが驚愕の表情を浮かべた。
「それでは、このまま放置すれば……」
「おそらく、いずれ大規模な魔力の暴走が起きます。王都にまで、影響が及ぶかもしれません」
その言葉に、レオンの顔が、さっと青ざめた。
「王都に影響が及ぶだと……? そんな規模の話になるとは、思ってもいなかったぞ」
「俺も、正直驚いています。ただ、ゴーレムから伝わってくる情報が、確かにそう告げているんです」
クラリスが、震える手で記録用紙にメモを取りながら、こう付け加えた。
「研究院にも、一刻も早く報告すべき事態ですね。ですが、今この場で対処できるなら、それに越したことはありません」
「どうすればいい。止める方法はあるのか」
「このゴーレムが、俺を『試して』るんだと思います。資格がある者にだけ、結晶の制御を引き継がせるための仕組みなんじゃないかと」
ニコラスは、ゆっくりと結晶に向かって、手を伸ばした。ゴーレムは、やはり動かない。ただ、静かに見守っているだけだった。
「……ニコラス、本当に大丈夫なのか」
「正直、分かりません。でも、このままだと、もっと悪いことになる気がするので」
レオンの問いに、ニコラスは静かに、しかしはっきりと答えた。これまでの人生で培ってきた判断力が、今、迷いなく彼の背中を押していた。
結晶に触れた瞬間、ニコラスの体に、凄まじい魔力が流れ込んできた。
「ぐ……っ」
「ニコラスさん!」
クラリスが悲鳴のような声を上げる。しかし、ニコラスは歯を食いしばりながら、流れ込む魔力を、必死に制御しようと試みた。
「身体強化、属性付与、それと――『解析』で、術式の構造を読み取って……」
複数のスキルを同時に駆使し、ニコラスは暴走しかけていた魔力の流れを、少しずつ、本来あるべき形へと整えていく。まるで、絡まった糸を、一本ずつ丁寧にほどいていくような、繊細な作業だった。
頭の中では、ソフィアと積み重ねてきた魔力操作の研鑽や、保冷魔道具の開発で培った繊細な制御感覚が、次々とよみがえってくる。どれ一つ欠けても、きっとこの作業は成し遂げられなかっただろう。
やがて、結晶の輝きが、穏やかな光へと変わっていった。ゴーレムの体からも、先ほどまでの緊張感が消え、静かに動きを止める。
「……終わった、のか?」
レオンが、恐る恐る尋ねる。
「はい。術式を、安定させることができました。これでもう、魔力が暴走する心配はないと思います」
ニコラスが答えると、その場に、安堵の空気が広がった。クラリスが、目に涙を浮かべながら、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、ニコラスさん。あなたがいなければ、取り返しのつかない事態になっていたかもしれません」
「いえ、俺一人の力じゃないです。クラリスさんたちの協力があったからこそです」
謙遜するニコラスに、レオンも、珍しく柔らかな表情を見せた。
「お前、本当にとんでもない奴だな。これは、国にも正式に報告しなければならん」
その言葉に、ニコラスは内心、少し複雑な気持ちになった。目立たないようにという忠告を思い出しながらも、今回ばかりは、仕方のないことだと、静かに受け入れるしかなかった。これもまた、自分が選んだ道の、避けて通れない一部なのだろう。
「それにしても、本当に助かった。お前がいなかったら、どうなっていたことか」
レオンが、改めて感謝の言葉を口にする。
「いえ、俺も、たまたまタイミングよく、スキルが役に立っただけです」
「謙遜するな。実力と判断力があったからこそだろう」
レオンの率直な評価に、ニコラスは少し照れくさそうに頷いた。
クラリスは、安定した結晶を丁寧に観測用の魔道具で記録しながら、ほっとしたように息をついた。
「この件については、研究院として、正式な調査報告書をまとめることになります。ニコラスさんの功績も、きちんと記載させていただきますね」
「あの、できれば、あまり大々的には……」
ニコラスの小さな抵抗も虚しく、クラリスは笑顔で首を振るばかりだった。
遺跡の奥に差し込む光が、ゆっくりと、静寂を取り戻していく。未知の危機を乗り越えたニコラスたちは、達成感と共に、帰路につく準備を始めた。
第125話へ続く




