第122話 遺跡への道
翌朝、ニコラスは研究院の前で、クラリスと合流した。
「おはようございます、ニコラスさん。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。……実は、昨日の夜、学園時代の友人たちと再会して、少し話し込んでしまいましたが、おかげで気持ちはすっきりしています」
「それは良い時間を過ごせましたね。今日からの調査、心身ともに万全な状態で臨めそうで何よりです」
クラリスの柔らかな物腰に、ニコラスは少し緊張がほぐれるのを感じた。
二人のほかに、護衛役として、ベテランの騎士が一人同行することになっていた。
「紹介します。王国騎士団のレオンです」
「よろしく頼む。新人冒険者がここまでの依頼を任されるとはな、正直驚いたが……噂通りの実力者なら、頼りにさせてもらうぞ」
レオンの鋭い眼差しに、ニコラスは姿勢を正しながら頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「適性値の高さは聞いていたが、それだけで実戦の腕が伴うとは限らん。今日のところは、俺の指示に従ってもらうぞ。勝手な行動は許さない」
「承知しました」
レオンの厳しい態度に、ニコラスは素直に頷いた。実力を認められることと、実際の現場で信頼されることは、また別の話だと、よく分かっていた。むしろ、こうして率直に接してくれる方が、ニコラスにとってはありがたかった。
三人は馬車に乗り込み、王都の外れにある遺跡を目指した。道中、クラリスが改めて、遺跡について詳しく説明してくれる。
「この遺跡は、エルデシア王国が建国されるより、さらに昔――古代文明の時代に作られたとされています。文献にはわずかな記述しか残っておらず、詳しい用途は、未だに解明されていません」
「古代文明、ですか」
「ええ。魔力を扱う技術が、今よりずっと発達していたとも言われています。もしかしたら、今回の魔力異常も、その名残なのかもしれません」
クラリスの説明に、ニコラスは学園で学んだ歴史の授業を思い出していた。古代文明については、断片的な伝承が残るのみで、確かなことはほとんど分かっていなかったはずだ。
「学園の歴史の授業でも、古代文明については、ほんの数ページしか触れられていませんでした。それだけ、謎に包まれた時代なんですね」
「ええ。だからこそ、研究者としては、好奇心をそそられる対象でもあるのですが……今回ばかりは、少し様子が違うようです」
クラリスの声に、わずかな緊張が滲んでいた。普段は冷静な研究者らしい態度を崩さない彼女だが、今回の案件には、特別な警戒心を抱いているようだった。
「レオンさんは、こういった遺跡調査の経験、多いんですか?」
「それなりにな。だが、ここまで強い魔力反応が出ている遺跡は、俺も初めてだ」
レオンの言葉に、馬車の中の空気が、わずかに張り詰めた。
やがて、馬車は森の中の小道を抜け、開けた場所へと出た。目の前には、蔦に覆われた古い石造りの遺跡が、長い年月の重みを纏いながら、静かにそびえ立っている。
「ここが……」
遺跡に近づくにつれ、ニコラスは肌がぴりぴりと痺れるような感覚を覚えた。これまで経験したことのない、異様な魔力の圧を感じる。
「ニコラスさん、顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
クラリスが、心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫です。ただ、ここまで強い魔力を肌で感じたのは、初めてで……」
学園での魔道具実習や、保冷魔道具の開発時にも、様々な魔力に触れてきたニコラスだったが、この遺跡から漂う気配は、どこか異質なものを感じさせた。整然としていながら、同時に歪んでいるような、形容しがたい違和感がある。
「探知――」
意識を集中させると、遺跡の奥深くから、脈打つような、不規則な魔力の流れが感じ取れた。まるで、何かが呼吸をしているかのような、不気味な感覚だった。
「ニコラスさん、何か分かりますか?」
クラリスの問いに、ニコラスは慎重に答えた。
「遺跡の奥に、強い魔力の源があるようです。ただ、その動き方が、普通の魔道具とも、自然現象とも、何か違う気がします」
「違う、とは?」
「まるで、生きているみたいな……」
その言葉に、クラリスとレオンの表情が、同時に強張った。
「……慎重に進もう。何が起きても対応できるよう、準備を怠るな」
レオンの指示に、全員が装備の最終確認を始めた。クラリスは観測用の魔道具を手早く準備し、レオンは剣の鞘に手をかけたまま、油断なく周囲を見回している。
「ニコラスさん、何か異変を感じたら、すぐに教えてください。あなたの探知は、私たちの観測機器よりも、はるかに繊細なようですから」
「分かりました。できる限り、気を張っておきます」
クラリスの信頼に応えようと、ニコラスも改めて気持ちを引き締めた。これまで積み重ねてきたスキルと経験のすべてが、今、試されようとしている。
レオンの指示に、ニコラスは静かに頷いた。未知の遺跡へと足を踏み入れる瞬間が、もうすぐそこまで迫っていた。
第123話へ続く




