第120話 王都の研究院
王都に到着したニコラスは、まず魔道具研究院へと足を運んだ。学園時代に何度か訪れたことのある王都だが、こうして公的な依頼で訪れるのは初めてのことだった。
「ニコラス・ローウェル様ですね。お待ちしておりました」
受付で名乗ると、すぐに奥の部屋へと案内された。そこで待っていたのは、眼鏡をかけた、理知的な雰囲気の女性だった。
「初めまして。今回の調査を担当します、研究員のクラリスと申します」
「ニコラスです。よろしくお願いします」
「ギルドマスターから伺っています。若くして、素晴らしい適性値をお持ちだとか」
クラリスの言葉に、ニコラスは少し気恥ずかしそうに頭をかいた。
「適性値のことは、あまり広めないでいただけると助かります」
「ご安心を。研究院としても、優秀な人材の情報は、むやみに公表しない方針ですから」
クラリスの落ち着いた物腰に、ニコラスは少し安堵した。少なくともこの場では、過度に騒がれる心配はなさそうだった。
「それで、今回の魔力異常について、詳しく教えていただけますか」
「ええ、こちらをご覧ください」
クラリスが広げた地図には、王都の外れにある古い遺跡の周辺に、赤い印がいくつも書き込まれていた。
「この遺跡は、かつて古代文明が使っていたとされる、謎の多い場所です。普段は観測されない強さの魔力の乱れが、ここ最近、頻繁に起きています」
「原因は、まだ分かっていないんですか?」
「はい。遺跡内部の調査を試みたのですが、魔力の乱れが強すぎて、通常の探知系の魔道具では、内部の状況がうまく把握できないのです」
クラリスの説明に、ニコラスは思わず身を乗り出した。
「俺のスキルなら、何か掴めるかもしれません」
「ええ、そこに期待しているのです。ギルドからの報告によれば、あなたの『探知』の精度は、通常の冒険者とは一線を画すものだとか」
その言葉に、ニコラスは内心、少し複雑な気持ちになった。目立たないようにという忠告を思い出しつつも、ここまで来てしまった以上、今は与えられた役割を果たすしかない。
「明日の朝、遺跡に向かいます。今日はゆっくり休んでください」
「分かりました。……あの、一つお聞きしてもいいですか。この遺跡の魔力異常、何か危険な兆候はあるんでしょうか」
ニコラスの問いに、クラリスは少し表情を曇らせた。
「正直に言うと、まだ断定はできません。ただ、過去の文献によれば、この手の遺跡には、時として強力な魔道具や、未知の存在が眠っていることがあるとされています。油断は禁物です」
その言葉に、ニコラスは気を引き締めた。単なる調査依頼だと思っていたが、思っていたよりも奥の深い案件なのかもしれない。
クラリスの言葉に頷き、ニコラスは研究院を後にした。
宿への道すがら、ふと懐かしい声が聞こえてきた。
「ニコラス!?」
振り返ると、そこにいたのは、商談帰りらしきフェリックスだった。
「フェリックス! こんなところで会うなんて」
「お前こそ、何で王都に? 手紙じゃ、冒険者やってるって聞いてたけど」
「実は、研究院から指名依頼が来てさ……」
事情を説明すると、フェリックスは驚いたように目を丸くした。
「指名依頼って、お前、本当にとんでもない奴だな」
「自分でもそう思うよ、正直」
苦笑し合う二人の間に、懐かしい空気が流れた。
「せっかくだし、今夜は一緒に飯でも食わないか? 他のみんなにも、連絡してみるよ」
フェリックスの提案に、ニコラスの表情が、ぱっと明るくなった。
「本当に? みんなに会えるのか」
「シャルロットなんて、お前が王都に来てるって知ったら、絶対飛んでくるぞ」
「大げさだなあ……って、でも、本当にそうかもしれないな」
苦笑しながらも、ニコラスの胸には、懐かしい仲間たちの顔が、次々と浮かんでいた。ソフィアの控えめな微笑み、エミリーの素直な頑張り屋な性格、そしてシャルロットの、素直になりきれない優しさ。卒業からまだそれほど経っていないはずなのに、ずいぶん懐かしく感じられる。
「今夜は、久しぶりにみんなで、積もる話をしような」
フェリックスの言葉に、ニコラスは大きく頷いた。未知の魔力異常という不安な任務を前に、こうして仲間たちと再会できることが、何よりも心強い支えに感じられた。
「それにしても、お前が指名依頼を受けるほどの冒険者になるなんてな。学園時代は、商談とか交渉事は俺に任せっきりだったのに」
「それを言ったら、フェリックスだって、立派な商人見習いになってるじゃないか」
「まあな。お互い、ちゃんと成長してるってことだろ」
フェリックスの言葉に、ニコラスは静かに頷いた。学園を卒業してから、まだそれほど時間は経っていないはずなのに、互いの変化を実感できることが、どこか誇らしく感じられた。
夕暮れの王都の街並みを、ニコラスとフェリックスは並んで歩いていった。久しぶりの再会への期待と、明日からの調査への緊張が、胸の中で入り混じっていた。
第121話へ続く




