第119話 指名依頼
ランクD昇格から、まだ十日ほどしか経っていないある日。ニコラスがギルドに顔を出すと、受付の女性が、どこか緊張した様子で声をかけてきた。
「ニコラスさん、ちょうど良かった。ギルドマスターが、至急お話ししたいとのことです」
「何かあったんですか?」
「詳しくは、マスターから直接……」
いつもと違う雰囲気に、ニコラスは内心身構えながら、奥の部屋へと案内された。普段は賑やかなギルドの中が、今日はやけに静かに感じられる。
「何かまずいことでもしたかな……」
心当たりを探しながら歩くニコラスだったが、思い浮かぶのは、ランクアップ審査で予想以上に目立ってしまったことくらいだった。まさかそれが、こんな事態に繋がっているとは、まだ想像もしていない。
「来たか、ニコラス」
ギルドマスターの前の机には、立派な封蝋の施された一通の書簡が置かれていた。見るからに、格式の高い公的な文書であることが窺える。
「これは……?」
「王都の魔道具研究院から、お前宛てに指名依頼が届いた」
「え、俺にですか? まだ登録して間もないのに……」
「これを見てみろ」
ギルドマスターに促され、ニコラスは書簡を開いた。そこには、王都近郊で発生している「未知の魔力異常」についての調査依頼が、丁寧な文面で記されていた。
「魔力異常……?」
「最近、王都の外れにある古い遺跡の周辺で、通常とは異なる魔力の乱れが観測されているらしい。研究院としても原因を特定できず、困っているようだ。その調査に、お前の名が挙がったんだ」
「でも、なぜ俺なんですか? ランクDの新人なんて、他にもいっぱいいるはずですが」
ニコラスの疑問に、ギルドマスターは少し考えるような表情を見せた。
「表向きの理由は『魔道具学に精通した優秀な若手冒険者』ということになっている。だが……」
「だが?」
「正直に言えば、お前の適性値の高さが、どこかで噂として広まっているんだろう。研究院は、各地の冒険者ギルドから、優秀な人材の情報を集めているからな」
その言葉に、ニコラスは思わず天を仰いだ。目立たないようにという忠告を受けていたにもかかわらず、結局こうして、国の機関にまで名前が知られてしまったらしい。
「父さんにも、目立つなって言われてたのに……」
「まあ、実力がある以上、どこかで目に留まるのは避けられないことだ。隠れ続けるより、むしろ正面から向き合う方が、お前には合ってるんじゃないか?」
ギルドマスターの言葉には、これまで多くの冒険者を見てきた者らしい、実感のこもった説得力があった。
「受けるかどうかは、お前の自由だ。だが、これを断ると、今後しばらくは指名依頼が来にくくなる可能性もある。冒険者としての将来を考えるなら、受けておいた方が得策かもしれないな」
ギルドマスターの言葉に、ニコラスは深く考え込んだ。未知の魔力異常という響きには、どこか不穏なものを感じる。しかし同時に、学園時代から抱いていた、知的好奇心に似た感覚も、確かに刺激されていた。
「……受けます」
「決めたか」
「はい。それに、こういう調査なら、自分のスキルが役に立つ気がするんです」
ニコラスの決意に、ギルドマスターは満足げに頷いた。
「ちなみに、今回の調査には、研究院側の担当者も同行するらしい。お前にとっても、良い経験になるはずだ」
「研究院の担当者、ですか」
「魔道具研究の最前線にいる連中だ。もしかしたら、お前の知らない技術や知識に、たくさん触れられるかもしれんぞ」
その言葉に、ニコラスの心は、不安よりも期待の方へと、少しずつ傾いていった。学園で魔道具学に触れて以来、新しい知識への興奮は、何年経っても変わらない。
「分かった。詳しい出発準備は、明日改めて説明する。今日はゆっくり休んでおけ」
「はい。……あの、一つだけ、お聞きしてもいいですか」
「何だ?」
「もし、調査の途中で、本当に厄介な事態になったら、俺はどこまで、本気を出していいんでしょうか」
その問いに、ギルドマスターは少し驚いたように目を見開き、やがて静かに笑った。
「お前が必要だと判断したなら、遠慮する必要はない。ただし、後始末のことまで考えて動くんだぞ。力を使うことと、責任を持つことは、常に一対のものだからな」
その言葉を、ニコラスは静かに胸に刻んだ。
部屋を出たニコラスは、夕暮れの空を見上げながら、小さく息をついた。
「未知の魔力異常、か……」
宿への帰り道、ニコラスはシャルロットやフェリックスたちに、このことを手紙で知らせようと考えていた。王都近郊での調査となれば、もしかしたら、久しぶりにみんなと顔を合わせる機会もあるかもしれない。
「王都に行くなら、ついでにみんなにも会えたらいいな」
そんな期待を胸に抱きながら、ニコラスは宿の扉を開けた。学園での発明、商会との対決、スキル発覚――これまで積み重ねてきた経験のすべてが、今度の依頼に繋がっていくような、そんな予感がしていた。王都への帰還と、新たな謎との対面が、もうすぐ始まろうとしていた。
第120話へ続く




