第118話 ランクアップ審査
姉マリーとの共同依頼から数週間。ニコラスは、着実に依頼をこなし続けていた。薬草採取や荷物運搬といった地味な依頼を中心に選びつつも、時折、魔物討伐の依頼もこなし、少しずつ経験を積んでいく。
「ニコラス・ローウェル、ちょっとこっちに来てくれ」
ある日、ギルドに依頼の報告に訪れると、受付の奥からギルドマスターに声をかけられた。
「何かありましたか?」
「お前の実績、ちゃんと見させてもらった。この短期間で、ランクFからランクEまで駆け上がった新人なんて、そうそういない」
ギルドマスターの言葉に、ニコラスは少し照れながら頭をかいた。
「薬草採取や荷物運搬ばかり選んでたので、そんなに評価されてるとは思ってませんでした」
「地味な依頼でも、確実にこなし続けることこそ、信頼を積み重ねる一番の近道だ。それに、時々挟む魔物討伐の依頼も、毎回危なげなく片付けてるようだしな」
ギルドマスターの言葉には、新人冒険者を見てきた者ならではの、確かな実感が込められていた。
「それで、今日はランクDへの昇格審査を受けてもらおうと思っている」
「え、もうですか? まだ登録して間もないのに」
「実力が伴っているなら、早いも遅いもない。ただし、審査は簡単じゃないぞ。実技試験と、依頼の実践、両方をクリアしてもらう」
ギルドマスターの真剣な表情に、ニコラスも気を引き締めた。
実技試験の会場に案内されると、そこには審査官として、数名のベテラン冒険者が待ち構えていた。
「それでは、まずは模擬戦から始めてもらう。相手はこちら、ランクCの冒険者だ」
対峙したのは、屈強な体格の男だった。見るからに、実戦経験の豊富さが伝わってくる。
「胸を借ります」
「おう、遠慮なくかかってこい」
開始の合図と同時に、男が鋭い踏み込みで距離を詰めてきた。しかし、ニコラスは落ち着いて対応する。学園での六年間、そして実戦での経験を経て、動揺することなく、冷静に相手の動きを見極められるようになっていた。
「身体強化、属性付与――」
複数のスキルを同時に発動させ、ニコラスは男の攻撃を的確に捌いていく。審査官たちの目が、驚きとともに、次第に真剣なものへと変わっていった。
「そこまで!」
数分後、審査官の声がかかり、模擬戦は終了した。
「十分な実力だ。むしろ、ランクDどころか、もっと上でも通用するんじゃないか、これは」
審査官の一人が、感嘆の声を漏らす。対戦相手だったランクCの男も、額の汗を拭いながら、苦笑いを浮かべていた。
「いやはや、新人相手に、ここまで冷や汗をかかされるとはな。お前、本当に今年卒業したばかりか?」
「はい、間違いないです」
「末恐ろしいもんだ。これからも精進しろよ」
男の言葉に、ニコラスは丁寧に頭を下げた。実戦を知る相手からの評価は、何より確かな手応えとして、胸に残った。
続く実践依頼では、街道付近に出没する中型の魔物――ロックウルフの討伐を任された。単独での討伐が課題となる、実戦さながらの試験だ。
「探知――」
森に入り、意識を集中させると、すぐにロックウルフの気配を感じ取ることができた。岩のように硬い体毛を持つこの魔物は、本来、新人冒険者にとっては手強い相手とされている。しかし、ニコラスは慎重に距離を詰め、相手の硬い部位を避けるように、的確な一撃を見舞った。
「属性付与で、弱点を突く……これなら」
氷の刃を纏わせた剣が、ロックウルフの急所を正確に捉える。一撃のもとに仕留める、危なげのない、淀みない立ち回りだった。見守っていた審査官も、思わず息を呑んでいた。
すべての審査を終え、ギルドに戻ったニコラスに、ギルドマスターが満足げな表情で告げた。
「合格だ。今日からお前は、正式にランクDの冒険者だ」
「ありがとうございます!」
「だが、ここからが本番だぞ。ランクDになると、受けられる依頼の幅も広がるし、責任も増える。気を引き締めていけ」
「はい、肝に銘じます」
「それと、今回の審査の様子は、ギルド内でもちょっとした話題になるだろう。お前のことを気にかける人間が、これから増えるかもしれん。悪目立ちしないよう、言動には気をつけておけよ」
ギルドマスターの忠告に、ニコラスは苦笑いを浮かべながら頷いた。目立たないようにしようと決めていたはずが、結局今日も、十分すぎるほど注目を集めてしまったらしい。
「そういえば、ランクDになると、国からの指名依頼を受けられるようになるって聞いたことがあるんですが、本当ですか?」
「ああ、その通りだ。もっとも、指名依頼が来るのは、よほど名の知れた冒険者に限られるがな。お前の場合は、まあ……案外、早いうちに来るかもしれんな」
ギルドマスターが、どこか含みのある笑みを浮かべながら言う。その言葉の真意を、この時のニコラスは、まだ深く考えていなかった。
ギルドを出ると、夕暮れの空が、街並みを茜色に染めていた。ランクDの冒険者カードを握りしめながら、ニコラスは、これからの道のりに、静かな決意を新たにしていた。
第119話へ続く




