第117話 姉弟の共同依頼
初めての依頼から数日後、ニコラスがギルドの掲示板を眺めていると、見覚えのある姿が声をかけてきた。
「あら、ニコラス。ちょうどいいところに」
「マリー姉さん! こっちで依頼を受けてたんだ?」
「ええ、たまたま近くの街まで足を伸ばしてたのよ。それより、聞いたわよ。初依頼でホーンラビットの群れを瞬殺したって、ギルドの一部で噂になってるじゃない」
「う、あれはその、不可抗力というか……」
気恥ずかしそうに頭をかくニコラスを見て、マリーはくすくすと笑った。
「別にいいじゃない。弟が優秀なのは、姉として誇らしいもの。それより、せっかく会えたんだし、一緒に依頼を受けない?」
「姉さんと? いいね、やろう」
二人で選んだのは、近隣の村から出された「野盗の見張り」という依頼だった。最近、街道付近で野盗らしき集団の目撃情報が増えており、村の自衛団だけでは手が足りないという。
「野盗相手なら、油断は禁物よ。相手も命がけで向かってくるんだから」
「分かってる。姉さんの指示に従うよ」
マリーの言葉に、ニコラスは素直に頷いた。学園でどれだけ鍛えられても、実戦経験という点では、現役の冒険者である姉には及ばない。
「姉さんって、いつから本格的に冒険者やってるんだっけ?」
「学園を卒業してから、もう二年になるわね。最初は失敗ばかりで、散々だったけど」
「マリー姉さんが失敗ばかりなんて、想像つかないな」
「あら、ニコラスだって、優等生みたいな顔して、裏では色々あったでしょう。設計図を盗まれたり、商会に絡まれたり」
「それを言われると、返す言葉がないよ……」
苦笑し合う姉弟の間に、穏やかな空気が流れた。
村に到着すると、不安げな表情の村長が、二人を出迎えてくれた。
「冒険者の方々、本当にありがたい。最近、街道で荷馬車が何度も襲われていて、商人たちも困り果てているんです」
「分かりました。まずは状況を詳しく教えてください」
ニコラスが落ち着いた様子で尋ねると、村長はほっとしたような表情を見せた。手際の良い対応に、マリーも感心したように弟を見つめている。
「お前、こういう対応、妙に慣れてるわね」
「前世……じゃなくて、えっと、昔から、こういう交渉ごとは得意な方だったから」
とっさに言葉を濁しながら、ニコラスは曖昧に笑った。
村に到着し、自衛団の代表と打ち合わせを済ませた二人は、夜の見張りに就いた。
「こういう時、探知のスキル、役に立つんじゃない?」
「そうだね。試してみる」
ニコラスが意識を集中すると、周囲の気配が、ぼんやりと感じ取れた。しばらくすると、街道の先に、複数の人影が潜んでいる気配を察知する。
「姉さん、街道の先、十人くらいいる」
「十人……多いわね。さすが、探知の精度は本物ね」
マリーが、感心したように頷いた。
「村の自衛団に伝えて、先に増援を呼んだ方がいいかもしれない」
「賛成。私たちだけで無理に相手するより、確実に対処する方が大事だもの」
ニコラスの提案に、マリーも同意した。前世の会社員時代、無理な突破より確実な根回しを重視していた癖が、こんな場面でも生きているのかもしれない。
自衛団への連絡と増援の手配を終え、万全の態勢で野盗たちを待ち構えると、思いのほかあっさりと取り囲むことに成功した。
「お前ら、もう囲まれてるぞ! 大人しく投降しろ!」
マリーの一声に、野盗たちは互いに顔を見合わせ、戦意を失っていく。数の上で圧倒され、逃げ場もないと悟ったのだろう。
「……完全に無抵抗だな。これなら、もっと早くから自衛団に相談しても良かったかもしれない」
「それだけ、ニコラスの判断が的確だったってことよ。慌てて突っ込んでたら、きっと怪我人が出てたと思う」
マリーの評価に、ニコラスは少し照れながらも、静かな満足感を覚えた。
「でも、正直、ちょっと物足りなかったかも。もっと激しい戦闘になるかと思ってたから」
「贅沢言わないの。無事に終わるのが一番なんだから」
マリーに軽くたしなめられ、ニコラスは素直に頷いた。前世の記憶を持つ身としては、平和に物事が解決することの価値を、誰よりも分かっているつもりだった。
野盗の一団を村の自衛団に引き渡し、依頼は無事に完了した。報酬を受け取りながら、マリーがふと呟く。
「ねえ、ニコラス。今後も、たまにこうして一緒に依頼を受けない? 姉として、まだまだ色々教えられることがあると思うし」
「もちろん。姉さんと組めるの、すごく心強いよ」
「ふふ、生意気言うようになったわね。お母さんに報告したら、きっと喜ぶわよ」
「お母さん、過剰に喜びそうで、ちょっと怖いけど……まあ、それも含めて報告しておくよ」
笑い合う二人の間に、穏やかな時間が流れていた。夕暮れの街道を並んで歩きながら、姉弟はしばらく、他愛もない話に花を咲かせた。学園を卒業し、それぞれの道を歩み始めた今も、家族としての繋がりは、少しも揺らいでいなかった。
第118話へ続く




