第12話「予想外の標的」
森の奥へと進むにつれ、標的の数も、その動きの複雑さも増していった。四人のチームワークは着実に磨かれ、次々と現れる魔道具の標的を、危なげなく処理していく。
「これで、七体目ね」
レティシアが息を弾ませながらも、満足げにそう言った。
「順調だな。この調子なら、上位に食い込めるかもしれん」
エドワードの声にも、僅かな余裕が滲んでいる。だが、その時だった。
森の奥、これまでとは明らかに違う、重い気配が近づいてきた。
「……何だ、あれは」
木々の間から姿を現したのは、これまでの標的とは一回り以上大きい、熊を模した魔道具だった。演習の説明では聞いていなかった、想定外の存在だった。
「聞いてないぞ、こんなのが出るなんて!」
クリスが動揺した声を上げる。支援職として後方に控える彼にとって、想定外の強敵の出現は、何よりも神経を消耗させるものだった。
「くそっ、装置の不具合か? それとも、上級生用に用意されたものが、間違って混じったのか……」
エドワードが忌々しげに舌打ちする。理由はどうあれ、目の前の脅威に対処しなければならないことに変わりはなかった。
「みんな、落ち着いて。まずは距離を取ろう」
ニコラスの声に、四人は素早く後退しながら態勢を立て直す。
「クリス殿、僕とレティシアに強化を頼む。ローウェル、お前は――」
エドワードがそう指示を出しかけた時、熊型の魔道具が一気に距離を詰めてきた。その速度は、これまでの標的とは比較にならないほど速かった。
「危ない!」
ニコラスは咄嗟に前へ出て、身体強化を纏わせた腕で、振り下ろされる巨大な前脚を受け止めた。ずしりとした衝撃が全身に走る。
「くっ……!」
「ローウェル!」
エドワードが叫びながら援護に入ろうとするが、ニコラスは片手を上げてそれを制した。
「大丈夫、まだいける!」
受け止めた勢いをそのまま利用し、ニコラスは体を回転させながら魔道具の側面へと回り込む。同時に、剣に風の魔法を纏わせ、鋭い一撃を叩き込んだ。
「グオオオッ」
魔道具から、苦しげな咆哮のような機械音が響く。だが、装甲は思いのほか硬く、致命傷には至らなかった。
「レティシア、右から!」
「了解!」
ニコラスの声に応じ、レティシアが素早く反対側から斬りかかる。エドワードもすかさず加勢し、三方向からの連撃で、魔道具の動きを封じにかかった。
「クリス殿、今のうちに支援を!」
「は、はい――『疾風の加護』!」
クリスの支援魔法が、三人の動きをさらに加速させる。息の合った連携が、次第に魔道具を追い詰めていった。
(このままだと、決定打が足りない)
戦況を冷静に見極めていたニコラスは、剣を握る手に意識を集中させ、これまで使ったことのない組み合わせの魔法を試みることにした。風の刃に、光の魔法を織り交ぜ、より鋭く、より正確な一撃を作り上げる。
「これで――終わりだ!」
渾身の一撃が、魔道具の核とおぼしき部分に吸い込まれるように命中した。轟音とともに、熊型の魔道具はその場に崩れ落ち、動きを止めた。
「や、やった……のか?」
クリスが恐る恐るそう呟く。四人は暫くの間、その場に立ち尽くしたまま、動かなくなった魔道具を見つめていた。
「ふう……無事に片付いたな」
エドワードが安堵の息を吐きながら、剣を鞘に収める。
「ローウェル、お前がいなかったら、危なかったかもしれない」
その言葉には、これまでのような突き放した響きはなく、素直な感謝の色があった。
「みんなで協力したからだよ。僕一人じゃ、あの硬さは崩せなかった」
ニコラスがそう答えると、レティシアが小さく笑った。
「本当に、変わった人ね、あなたは」
演習終了の合図が響き渡る中、四人はそれぞれに疲労を滲ませながらも、確かな達成感を胸に、集合場所へと戻り始めた。
後に判明したことだが、あの熊型の魔道具は、本来上級生向けに用意されていたものが、機材の設定ミスで一年生の演習エリアに紛れ込んでしまったのだという。学園側は平謝りに謝罪したが、結果として、その予想外のハプニングが、四人の絆を大きく深めることになった。
合同演習の総合結果として、ニコラスたちのチームは、参加した全チームの中でも上位に食い込む成績を収めた。
「今度、また一緒に何か手伝えることがあれば言ってくれ」
別れ際、エドワードがそう告げた声は、これまでのどんな時よりも穏やかだった。
「うん、こちらこそ。また何かあったらよろしく」
ニコラスがそう返すと、エドワードは小さく頷き、迎えの馬車へと乗り込んでいった。ヴェルデン学園の二人とも、名残惜しそうに別れの挨拶を交わす。
こうして、学園一年目における大きなイベントの一つが幕を閉じた。この経験を通じて、ニコラスの周りには、また新たな繋がりが生まれていた。
学園への帰り道、ニコラスは友人たちにこの日の出来事を語って聞かせた。
「熊型の魔道具って、それ相当な大物じゃないか!」
ルーカスが目を丸くしながら身を乗り出す。
「みんなで力を合わせたから何とかなったんだよ。一人だったら危なかったと思う」
「相変わらず、謙遜が過ぎるわね」
シャルロットが呆れたように、けれどどこか誇らしげにそう言った。
「それにしても、エドワード様と、そんなに打ち解けたなんて驚きです」
ソフィアが控えめながらも、興味深そうにそう呟く。
「うん、意外だったよ、僕も。でも、話してみると、案外普通の人だったな」
ニコラスがそう答えると、フェリックスが小さく笑った。
「まあ、誰にでも事情ってものがあるからな。お前の周りは、なんだかんだで、みんなそういう事情持ちばかり集まってくるみたいだけど」
その言葉に、ニコラスは思わず苦笑した。学園での日々を通じて、少しずつ、この世界の広さと、そこに生きる人々それぞれの物語を知っていくことに、静かな充実感を覚え始めていた。
(第13話へ続く)




