第115話 初めての依頼
掲示板を一通り見渡した末、ニコラスが選んだのは「薬草採取」の依頼だった。報酬は決して高くないが、初心者には無理のない、堅実な内容だ。
「薬草採取、場所は街の外れの森……か。よし、行ってみよう」
依頼書を手に、ニコラスは早速、指定された森へと足を運んだ。
森に入ると、木々の間から差し込む陽光が、地面に細かな模様を描いていた。前世でハイキングなど縁のなかったニコラスだが、こうして自然の中を歩くのは、思いのほか心地よいものだった。
「依頼にあった薬草って、確かこんな形の葉だったよな」
資料を見ながら、ニコラスは目的の薬草を探し始めた。すると、すぐに「探知」のスキルが、ふわりと反応する。
「あ、こっちにたくさんありそうだ」
意識を集中すると、まるで地図のように、周囲に生えている薬草の位置が、ぼんやりと感じ取れた。半信半疑で足を進めると、確かにそこには、依頼書にあった通りの薬草の群生地が広がっていた。
「こんなに早く見つかるなんて、思わなかったな……」
学園時代、魔道具の魔力漏れを探す時に使っていた感覚が、こうして自然の中でも役立つとは、正直想像していなかった。前世で言うなら、まるで便利な検索機能を持ち歩いているような感覚だ。便利すぎて、少し拍子抜けするくらいだった。
普通の新人冒険者なら、何時間もかけて探すような依頼のはずだった。しかし、ニコラスはスキルの力を借りて、あっという間に必要な量の薬草を集め終えてしまう。
「せっかく来たんだから、少し奥まで見てみようかな」
時間が余ったこともあり、ニコラスは森の奥へと足を延ばしてみることにした。すると、少し開けた場所で、数頭の小さな魔物――ホーンラビットの群れに遭遇する。
「うわ、結構いるな」
ホーンラビットは、新人冒険者にとって定番の討伐対象だ。ニコラスは剣を抜き、一歩踏み出した。
「身体強化、それと――」
意識するまでもなく、自然と複数のスキルが連動する。剣に魔力を纏わせ、足元を強化し、動きを加速させる。ホーンラビットたちが反応する間もなく、ニコラスの剣が鮮やかに舞った。
「あっさり終わったな……」
群れを瞬く間に討伐し終えたニコラスは、拍子抜けしたように呟いた。学園での発明や、商会との交渉の方が、よほど頭を使ったように感じられる。
ふと、学園で過ごした六年間を思い出す。グラント商会のハインツとの駆け引き、クレイン商会の不正を暴くための証拠集め、記念展示の準備――どれもが、知恵と仲間との連携が試される場面だった。それに比べると、今の戦闘は、拍子抜けするほど簡単に終わってしまった。
そこへ、別の方向から声がかかった。
「おい、そこの新人! 一人でホーンラビットの群れに突っ込むなんて、無茶しすぎだぞ!」
声の方を見ると、中年のベテラン冒険者らしき男が、驚いた様子で駆けてくるところだった。
「す、すみません。危ないことでしたか?」
「当然だろう。普通、あの数の群れに単独で挑むのは、ランクDくらいの冒険者でもきついんだぞ」
男は、倒れた魔物の数を見て、呆然としている。
「それを、こんな新人が、こんなに綺麗に片付けるなんて……お前、本当に今日登録したばかりなのか?」
「は、はい。今日、登録したばかりです」
「……末恐ろしいな。まあ、無事なら良かった。くれぐれも、無茶はするなよ」
「はい、気をつけます」
「ところで、お前、名前は? 見かけない顔だが」
「ニコラス・ローウェルです。今日、登録したばかりで」
「ローウェルか。覚えておくよ。……お前、将来は良い冒険者になるだろうな。腕も立つが、妙に落ち着いてる。新人らしくない」
その評価に、ニコラスは思わず苦笑した。前世の記憶のおかげで落ち着いて見えるのだとは、さすがに説明できない。
男は、どこか感心したような、呆れたような表情で、肩をすくめながら去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ニコラスは小さく息をついた。
「気をつけなきゃな。目立つなって、ギルドマスターにも言われたばかりなのに」
ギルドに戻り、薬草と討伐証明を提出すると、受付の女性が目を丸くした。
「え、ホーンラビットの討伐証明まで……? 薬草採取の依頼だけだったはずですが」
「ついでに、森の奥で遭遇したので」
「ついで、で済ませられる数じゃないと思いますけど……」
受付の女性は、苦笑しながらも、丁寧に報酬を計算してくれた。初依頼とは思えないほどの成果に、ギルド内の何人かが、ちらちらとこちらを見ているのが分かる。
「今日はもう、十分すぎるくらい目立ってしまったな……」
小さく息をつきながら、ニコラスはギルドを後にした。これからは、もう少し慎重に振る舞おうと、心に決める。夕暮れの街並みを歩きながら、ニコラスはこれから始まる長い冒険者生活に、静かな決意を抱いていた。
依頼を終え、薬草と討伐の証を手に、ニコラスは宿への帰路についた。思っていたよりも順調すぎる初めての依頼に、嬉しさと同時に、少しの戸惑いも感じながら。
第116話へ続く




