第113話 規格外の数字
鍛錬場に差し込む朝日の中、ニコラスは父の求めに応じて、一つずつ、自分の持つスキルを確認していくことになった。
「まず、剣術だな。これは間違いなく持ってる」
「ああ、今の模擬戦で、十分すぎるくらい分かったよ」
父ヴィルが、苦笑しながら頷く。
「次に、身体強化。これも、さっきの動きで使っていたのを見た」
「それと、属性付与と、加速、探知……これで五つだよね」
「探知なんて、いつの間に身につけたんだ? 俺もお前の母さんも、持っていないスキルだぞ」
「学園の実習で、魔道具の魔力漏れを探すのに使ってたら、いつの間にか扱えるようになってたんだ。最初は便利だなってだけで、特別なスキルだとは思ってなかった」
「それが普通じゃないんだよ、ニコラス……」
ヴィルが、呆れたような、それでいてどこか誇らしげな表情で、額に手を当てた。
ニコラスが指を折りながら数えていく。見物席のエレーナも、ジークとマリーも、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
「待って、ニコラス。保冷魔道具を作ったとき、設計図を見ただけで構造を理解してたでしょう? それも、スキルの一つなんじゃない?」
マリーが、恐る恐る口を挟む。
「言われてみれば……『解析』、かな。魔道具や魔法の構造を読み取れる力」
「それで、六つ目だ」
父ヴィルの声が、わずかに掠れていた。
「六つって……それ、父さんたちの先輩が持ってるっていう数と、同じだよね」
ジークが、信じられないという表情で呟く。
「ああ。あの方は、冒険者の中でも伝説的な存在だ。まさか、十六歳の息子が、同じ数のスキルを持っているなんて……」
ヴィルは、腕を組みながら、何度も頭を振っていた。にわかには受け入れがたい事実に、しばし言葉を失っているようだった。
「お父さん、その先輩って、どんな人なの?」
マリーが、気になった様子で尋ねる。
「もう随分前に引退して、今は王都の郊外で静かに暮らしていると聞いている。若い頃、俺とお前の母さんは、あの人に剣術と魔法の基礎を叩き込まれたんだ。とにかく規格外の人だった……まさか、自分の息子がそれに並ぶとは、思いもしなかったが」
懐かしむような、それでいてまだ信じきれないような、複雑な表情でヴィルは言葉を続けた。
「でも、本当にそれで全部かしら?」
母エレーナが、ふと疑問を口にする。
「え、まだあるかもしれないってこと?」
「ニコラス、学園でやっていたこと、他にもあったでしょう。商会との交渉で、相手の嘘を見抜いたことがあったって、前に手紙に書いてなかった?」
エレーナの指摘に、ニコラスは思わず固まった。確かに、グラント商会のハインツとの交渉の際、相手の態度の微妙な変化から、何か違和感を察知した記憶がある。あの時は、ただの「勘」だと思っていたが……。
「……もしかして、それも?」
「試してみる価値はあるな」
父の提案で、ニコラスはその場で意識を集中させてみた。すると、確かに、何かを「見抜く」ような感覚が、意識の中にすっと浮かび上がってくる。
「ある……これも、スキルだ」
鍛錬場に、静寂が落ちた。
「七つ……伝説の先輩すら超えている、ということか」
ヴィルの声には、もはや驚きよりも、畏敬の念に近いものが滲んでいた。
「待って、待って。俺、本当に自分でも分かってなかったんだけど……」
ニコラスは、頭を抱えながら、呆然と呟いた。前世の記憶を持ちながら、この世界の「普通」を基準に生きてきたつもりだったが、まさか自分が、こんな規格外の存在だったとは、想像もしていなかった。
「もしかして、これから探せば、まだ出てくるんじゃないか……?」
ジークが、おそるおそる口にした言葉に、全員が同時に、ニコラスの顔を見つめた。
「ちょ、ちょっと待って! 今日はもう、十分すぎるくらい驚いたから!」
ニコラスの悲鳴のような声に、家族全員が、思わず笑ってしまった。張り詰めていた空気が、少しだけ和んでいく。
「ふふ、ニコラスのそんな慌てた顔、久しぶりに見たわね」
エレーナが、涙目になりながらも、楽しそうに笑う。
「お母さん、笑いごとじゃないんだけど……」
「いいじゃない、たまにはこういうのも。それより、お腹空いたでしょう? 朝ご飯、たくさん作ったのよ」
母の言葉に、張り詰めていた空気が、すっかり和やかなものへと変わっていった。
「とにかく、これは一度、冷静に考える必要があるな。この数字が、周りに知れたら、どうなるか……」
父の言葉に、ニコラスも静かに頷いた。
「とりあえず、今日のことは、村の外では話さない方がいいかもしれないな。悪意を持った人間に目をつけられたら、厄介なことになる」
「それは……確かにそうだね」
グラント商会やクレイン商会との一件を思い出し、ニコラスは父の言葉に素直に頷いた。規格外の力は、使い方次第で、味方にも敵にもなりうる。
「でも、焦らなくていい。これから冒険者としてやっていく中で、ゆっくり自分のペースで、その力と付き合っていけばいいんだ」
母エレーナの柔らかい言葉に、ニコラスの肩から、少しだけ力が抜けた。
学園卒業と同時に明らかになった、自分自身の本当の姿。これから始まる冒険者としての人生が、思っていたよりもずっと、特別なものになりそうだと、ニコラスは予感していた。
第114話へ続く




