241.縄張りの珍入者
黒ヒョウのお母さんに保護された私は、現在彼女の善意によって拾われてお乳を与えられるという状況になったのだが、やはり戸惑いもあってまだおっぱいには吸いつけずにいる。
左右にはチュッチュと一生懸命お乳を吸っている大きな黒ヒョウの赤ちゃんがいて、私はとりあえずその赤ちゃんの真似をしながら前脚を動かしてふみふみをしている最中なのであった。
(いやー、私は小さいなりにも歯が生えてるから、お胸に吸い付いたらきっとお母さんは痛いと思う。それにこのお乳は彼女の赤ちゃんのための大切なご飯なわけで、私がいただくのはちょっと違う気がするのよね・・・)
そんな事を考えながらお乳を飲むフリをして、ふみふみをし続けていたら前脚がちょっと疲れてきた。
何より水に流されてずぶ濡れになったものだから、まだ被毛が乾いていないために身体が冷えてしまった。
もし子猫のままずっと水に浸かってたら、それこそ低体温症になってまずい事になったかもしれないけど、今は救出されているし、なにより黒ヒョウの赤ちゃんに挟まれているから寒さも少しマシになった。あと黒ヒョウのお母さんはさらに体温が高いので、ふみふみを止めてそのお腹に身体を押し付けて熱を分けてもらうと、寒さが和らいできた。
もはや彼女は命の恩人ならぬ、恩獣さんだわ・・・お母さん、ありがとぉ・・・。
そんな事を考えていたら、心配げな黒ヒョウのお母さんに体じゅうをベロンベロンと舐められた。あ、これは毛に付いている水分を舐めとってくれているのかな? ご面倒おかけします。でも非常に有難いです・・・
つくづく、この黒ヒョウのお母さんには頭が上がらない私だった。
それにしても皆はどうしているだろう。無事だろうか・・・。先ほどから何回か心話を試みているけど、いまだ返事が無いというのは気を失っているのかもしれない。
あの時は鱗粉を避けるために周囲をゾフィさんの風魔法で守られていたから、おそらく溺れたりはしていないと思う。
だけど少なくとも麻痺で体の自由が利かない状態で濁流に流されてしまったのだ。きっと大丈夫だと自分を言い聞かせても、どうしたって安否が気になってしまう。
ぐるぐると嫌な想像ばかりしてしまうが、私こそ皆を助けられるように、まず自分自身の事をどうにかしなくては。
ふとお隣の黒ヒョウの赤ちゃんを見ると、だんだんお腹が一杯になったのか、お口がおっぱいから離れて動きが止まっている。このまま今にも眠ってしまいそう・・・。
こんな時でさえ、赤ちゃんはどんな種族でも可愛い・・・なんてほっこりと癒やされていたら、お乳を飲み終えたもう一匹の黒ヒョウの赤ちゃんに背後からいきなりギュッと抱きしめられてしまった。ビックリしたぁ・・・でもこれ、抱き枕扱いなのかな・・・?
思わずその背中の暖かさに身を任せていると疲れと一緒に眠気がやってきて、私はいつの間にかその黒ヒョウの赤ちゃんと一緒に眠りこんでしまうのだった。
どのくらい眠っていたのか・・・それとも少しの時間ウトウトしていただけなのか・・・。突然、脳内に声が響いてきて私は飛び起きた。
(リサちゃん、どこにゃのー?)
(ママー!)
これはヴィーちゃんとグレンの心話だ。どうやら二人とも無事のようでホッとする。
(ヴィーちゃん! グレン! 二人ともケガはない? 他の皆は一緒なの?)
声が聞けて安心したものの、思わず気になっていた事を立て続けに聞いてしまった。
(リサちゃんもぶじにゃ? よかったにゃー!)
(ママ、ぼくたちげんきだよー!)
私の心話を受けとったヴィーちゃんとグレンの二人の声が、先ほどの不安に揺れる声から安堵に溢れた声になり、守るべき私の方が心配をかけていたことに本当に申し訳なく思ってしまう。
(あのね、あのね、だいじょーぶにゃの! パパたちもいっしょにゃの!)
(ロアにいちゃんも、ゾフィおじちゃんもいるよー!)
どうやら迷宮に来たメンバーではぐれてしまったのは私だけらしく、動けるようになってからは皆で探してくれていたようだ。
心配かけてごめんね・・・でも皆が無事で本当によかった。
話を聞いていると、皆は水に流された時は痺れで身体が動かなかったようで、だいぶ水を飲んでしまったらしく先ほどまで朦朧とした状態だったようだ。気を失っていたのかもしれない。
そんな状態であれば私の心話なんて届かなかったのも当然だ。
皆は比較的近い場所のどこかに打ち上げられていたらしく、合流して手持ちの解毒ポーションで麻痺を解除し、その後はずっと私を捜索してくれていたらしい。
おそらくだけど、私だけが皆と少し離れた場所に流れついたために黒ヒョウのお母さんの目に留まり、彼女に助けられたのだろうな・・・。
どうやらあの蝶の鱗粉はかなり強い痺れ毒で、麻痺時間も長いやっかいな物らしいのだけど、滅多に遭遇しない蝶なのでゾフィさんたちも咄嗟に思い出せずに対応が遅れてしまったみたいだ。
それでゾフィさんとミケネーさんが責任を感じ、二人揃って落ち込んでいるそうだけど・・・いや、それこそよくあんな微かな匂いで分かりましたよね・・・? 私なんてせっかく猫さんになっていたのに、ミケネーさんに言われるまで匂いには気がつかなかったもの。
しかもそれをお花の匂いかな?ってのんきに思っていただけで、危機感なんてゼロでしたから。なまじ結界があるからと油断していたのも不味かったのかもしれない。
とにかく、今は皆も麻痺から解放され元気と聞いて安心できた。
(あのね、ロアおにいちゃんがね、これからすぐリサちゃんをむかえにいくっていってるにゃ!)
(もちろん、ぼくもいっしょにいくよー!)
そうだ、魔法具のペアになっている腕輪でロアには私の場所が分かるんだっけ。よかったぁ、私も腕輪だけは身に着けておいて・・・。
子猫に変化してるから洋服を着るのは無理でも、ガーブさんの作った魔法具は伸縮自在だから子猫の前脚にもピッタリフィットしてるのだ。おかげで水に流されている間に紛失する事もなかったし、この魔法具があればロア達と合流できそう。
それに魔法具のおかげで、私もロア達との距離はそこまで離れていない事が分かったのですごく心強い。本当にすごい魔法具をありがとう、ガーブさん・・・!
それにしてもロア達がこの黒ヒョウさんと対面しても大丈夫だろうか・・・・うーん、流石にちょっとまずい気がする。黒ヒョウのお母さんがロア達を縄張に入って来た敵と認識してしまう可能性が高いよね。
そもそも子育てをしている黒ヒョウのお母さんは普段よりも敏感になっているだろうし、ロア達を見たら間違いなく子供を守るために牙を剥くに違いない。
私としては、この恩獣である黒ヒョウのお母さんとロア達が敵対するのは出来るだけ避けたい。
お母さんは食べるために私を攫ったのではなく、おそらく母性か仲間意識から私を助けてくれただけなのだから。
こうなったら皆が近くに来た時に、私がそっと【転移魔法】で抜け出す・・・?
でも今の私は黒ヒョウの赤ちゃんに抱きしめられ・・・いや、羽交い絞めかな?・・・とにかく、くっついているから、離れないとこの子も一緒に移動しちゃうよね。そうすると黒ヒョウの赤ちゃんを誘拐したことになってしまって、間違いなくお母さんのお怒りを買ってしまう。
だけどこの大きな赤ちゃんは力が強くて、子猫の私には自力でこの太い腕から逃れる術が無いのだ・・・。
あとは私が人間の姿に戻ると言う手段もあるけれど、ここで私がくしゃみをして子猫から元の人間の姿に戻れば、それこそ危機的状況に陥る気がする。
少なくとも黒ヒョウのお母さんは、巣にいきなり人間が現れたら驚き牙を剥くだろう。
うーん、どうしたらいいのか・・・
悩みつつも、私はヴィーちゃんとグレンに黒ヒョウ親子の存在と自分の状況を説明し、とりあえず危険だから巣にあまり近づき過ぎないようにして欲しい旨の心話を送り、おとなしく黒ヒョウの赤ちゃんに抱えられながら私は皆の迎えを待つのだった。
ガサガサ・・・ガサササ・・・
(ん? 葉擦れの音が大きくなって、だんだんこっちに近づいてきているような・・・? あ、黒ヒョウのお母さんが起き上がって様子を見ている・・・まさかロアたち?)
グルルルル・・・と頭上から唸り声がする。お母さんが音のする方に威嚇を始めたので確認しようと思ったけど、私はまだ赤ちゃんに抱き付かれた状態でうまく周囲を見回す事が出来ない。
しばらくすると、がさりと草の繁みをかき分けるように何かが現れ、それを見た黒ヒョウのお母さんが巣穴から飛び出した。
「ガーッ!!」
「ぷぎーっ!!」
私は恐怖で身体が固まりつつも、その声に既視感を覚える。
ぷぎー・・・?
まるでベアちゃんみたいな鳴き声だ。まさか、ベヒモス・・・?
ドン!という衝突音が背後から聞こえたので、戦いが始まったのかもしれない。
何とか身体をねじって音のする方向を見てみると小さいベヒモスと黒ヒョウのお母さんが対峙していた。
「にゃ、にゃぁん・・・!?(まさか、ベアちゃん・・・!?)」
最初はもしかしたら違う個体のベヒモスかと思ったけど、しっぽに結ばれている金色のリボンは見覚えがある。
このジャングルでは異質で見間違いするはずもなく、あれは以前私が結んであげた絹蜘蛛の布だ。
そう、そこには紛れもなく少しだけ体が大きくなったベアちゃんがいたのだった。
私の声に反応したベアちゃんは少し小首をかしげたけど、私の方をみて「ぷぎっ」と嬉しそうな声で鳴くと、そのまま向きを変えてこちらへと突進してきた。
黒ヒョウのお母さんが必死に止めようとしているけれど、力強いベヒモスの突進を止める事が出来ず、ベアちゃんのお尻にかじりついたものの引きずられている。さすがベヒモス、子供でも桁違いのパワーだわ。
ベアちゃんはその大きい黒ヒョウに噛まれても気に留める様子はなく、そのまま私の目の前まで来ると私の匂いをフンフンと嗅いで、嬉しそうに嘶いた。
「にゃーん、にゃぁーん・・・?(ベアちゃん、まさか、この姿の私がわかるの・・・?)」
「ぷぎっ!」
まるで「もちろん!」とでも言いたげに、私に頬ずりをするベヒモスさんなのだった。
こうして私は今回地下迷宮に来た目的でもあった、ベアちゃんとの再会をジャングルの中で果たせたのでした。
お読みくださりありがとうございます。
4月ですねー。春ですねー。新しい出会いの季節でもありますね。
新しい環境になった方も、これまで通り変わらない方も、まずは無理せず自分自身を大切に参りましょう~(^v^)




