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391話

「……ここって」


 思わず漏れた声は、地下へ続く石段の途中で吸い込まれるように消える。

 エミリネットとユーリに連れられて降りてきた場所は、地下牢獄だった。

 しかし――リゼが知っている牢獄とは、あまりにも違っていた。

 ここに来るまで、地上階で通ってきた牢は、典型的なものだった。

 鉄格子に囲まれた狭い空間に、湿った石壁と重い鉄臭さ。

 囚人たちは鎖に繋がれ、薄暗い灯りの中で無言のまま座り込んでいた。

 だが、今いるこの地下はまるで別世界だった。

 廊下は広く、壁には整然と一定間隔で蓄光石が灯されている。

 石造りではあるが、磨かれた床は足音を柔らかく反射するだけで、陰鬱な湿気は感じられない。

 そして、並んでいる「牢」。

 鉄格子ではなく木製の扉。

 しかも、その横には小さな札が掛けられている。

 扉には牢獄内が見えるように取り付けられている窓。

 リゼの身長でも、中を確認することが出来るほどの大きさだ。

 中には、机と椅子。

 壁際には本棚。

 さらに、簡素ではあるが整えられた寝台まである。

 まるで、高級宿屋の個室のようだった。


(牢獄……?)


 どう見てもそうは思えない。

 ここへ来る前、エミリネットとユーリから何度も念を押されていた。

 ――ここは極秘施設であること。

 ――一切外部に口外してはならないこと。

 その言葉の意味が、今になって少し分かる気がした。

 さらに奇妙だったのは、そこにいる「罪人」たちの様子だ。

 廊下を歩くエミリネットとユーリを見ると、扉の隙間や椅子から立ち上がり、声をかけてくる。

 軽い挨拶と、付け加えられる短い雑談。

 そして二人は、にこやかに笑って応じる。

 まるで、牢の看守と囚人ではなく、知り合い同士が挨拶を交わしているかのようだった。


(……変な場所)


 リゼはそう思いながらも、口を開かなかった。

 質問はいくらでも浮かぶ。

 だが、ここは「極秘施設」だ。

 余計な言葉は慎むべきだと、本能が告げていた。

 ただ静かに、二人の後ろを歩く。

 石床を踏む足音だけが、規則正しく響く。

 そのとき――前を歩いていたエミリネットとユーリの足が、同時に止まった。

 リゼも立ち止まり、二人の視線の先を……窓から牢獄の中を覗く。

 そこには、牢獄の中で机に向かって書き物をしている老人がいた。

 白髪を後ろでまとめ、長い外套を肩に掛けている。

 年齢はかなり上に見えるが、背筋は真っ直ぐ伸びていた。

 その目だけが、妙に鋭い。

 研究者のような、あるいは学者のような――静かな知性を宿した目だった。

 エミリネットとユーリが一歩前へ出る。

 そして、二人はほぼ同時に頭を下げた。


「お久しぶりです。ナルセーユ先生」


 敬意のこもった声だった。

 罪人へ向ける態度ではない。

 名前を呼ばれた老人――ナルセーユは、ゆっくりと二人を見た。

 その視線が、後ろにいるリゼへも移る。

 リゼは一瞬だけ迷ったが、すぐに二人に倣って頭を下げた。

 軽く礼をする。

 ナルセーユは、その様子を静かに眺めてから口を開いた。


「珍しい客人ですね」


 声音は穏やかで、棘も威圧もない。

 むしろ、柔らかな好奇心が含まれている。

 老人の表情も同じだった。

 どこか優しく、初対面の相手を歓迎するような微笑み。

 エミリネットが一歩進み出る。


「お部屋に入っても宜しいですか?」

「どうぞ」


 ナルセーユは軽く肩をすくめる。


「たいしたもてなしは出来ないがね」


 その言葉に、ユーリが微笑む。


「ありがとうございます」


 ユーリは腰のアイテムバッグから鍵束を取り出して、その中から一本を選び、扉の横に掛かった錠へ差し込んだ。

 カチリ、と軽い音。

 その瞬間、リゼの視線が自然と鍵へ向く。


(……本当に、牢なんだ)


 今までの光景があまりにも普通だったため、その音でようやく現実に引き戻されたような気がした。

 その視線に気づいたのか、エミリネットが小さく振り向く。

 そして、リゼの目を見て微笑んだ。


「大丈夫よ」


 安心させるような声だった。


「ナルセーユ先生は、危ない人じゃないから」


 そう言って、静かに扉を開いた。 


「どうぞ」


 と、四人掛けのテーブルに案内するナルセーユ。

 窓からは見えなかったが、来客用のテーブルと椅子があったことに驚く。

 それだけナルセーユの所に来客が多いことを意味している。

 戸惑うことなく入室するエミリネットとユーリ。

 その様子から、何度も此処を訪れていたことが分かる。

 そして、投獄されていながらもナルセーユは、信用できる罪人なのだと――。

 足を一歩踏み入れた瞬間、リゼの表情が変わる。

 目の前の表示『ナルセーユに有効な情報を与える。期限:ナルセーユの牢獄に滞在している間』『報酬(体力:三増加、力:三増加)』。


(有効な情報って――)


 ナルセーユという罪人のことは、エミリネットとユーリからは聞かされていない。

 有効な情報とは……リゼの心がざわついた。

 それも悪い感じに――。

 


――――――――――――――――――――



■リゼの能力値

 『体力:四十八』 

 『魔力:三十三』

 『力:三十三』 

 『防御:二十一』

 『魔法力:二十六』

 『魔力耐性:十三』

 『敏捷:百四十三』

 『回避:五十六』

 『魅力:四十八』

 『運:六十一』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・ ――消息を絶った。

 その一文は、あまりにも簡潔だった。

 生きているのか、死んでいるのか……それすら、書かれていない。

 ただ、その直後に続く一文の“推測だが――”という文字。

 リゼは、無意識に息を呑んだ。

 記述は淡々としているが、その奥には確かな“恐怖”が滲んでいた。

 彼は、スキルを活かし商人として成功していた。

 富も名声も手に入れた、いわば“成功者”。

 それでも――最後に会った時、彼は怯えていた、とある。

 文章は静かに続く。

 冒険者への報酬としては破格の金額を提示していた。

 だが、それ以上に価値のある“今回のクエスト”に対して、異様な執着を見せていた。

 成功すれば、さらに大きな利益。

 だが同時に――失敗した場合の“代償”についても、繰り返し口にしていた。

 その様子は、成功を確信している者ではない。

 むしろ――失敗を恐れている者のそれだった。

 “おそらく、今回のクエストに失敗したのだろう”

 その一文で、記録は終わっていた。

 リゼの指が、わずかに止まる。


(スキルのおかげで……成功した人生……?)


 視線が文字の上をなぞる。

 成功と破滅。

 その両方を、同時に引き寄せているような感覚。

 ナルセーユの言葉が、頭の奥で反響する。

 “神からの試練”……その意味を考えながら、リゼはゆっくりと次の頁へと視線を移した。


 二人目の記録。

 ナルセーユは「三十年ほど前」と言っていた。

 頁の冒頭に記された言葉は“彼女は”から始まる。


(女の人……)


 自分と同じだ、と思い、頁をめくる。

 最初は似ているように感じた。

 クエスト、達成、報酬。

 だが、読み進めるうちに、自然と目で追う速さが増す。

 “毎日発生するクエスト”、それに加えて――“不定期に現れるクエスト”

 規則性がないし、予測もできない。

 彼女は、そのすべてに対応しなければならなかった。

 そう……それは昔の自分と同じだった。

 文章の端々に、疲労が滲んでいる。

 “疲れ切っていた”という一文が、やけに重く感じられた。

 個人で完結するものもあれば、他人を巻き込むものや、協力が必要なもの。

 種類も内容も、統一性がない。

 そのせいで――学業に集中できない。

 生活が、スキルに侵食されていく。

 リゼは、ふと気づく。


(……これ、在学中の記録だ)


 書かれている内容が、明らかに学生の生活だった。


(年齢……近いかも)


 ほんの少しだけ、距離が縮まる。

 知らない誰かではなく、“同じ立場の誰か”として感じられた。

 頁をめくる。

 最初は、やはり簡単なクエストだった。

 だからこそ――彼女は選んだ。

 『成功報酬が上がりますが、難易度を上げますか?』というスキルからの問いに対して、『はい』と。

 そこから、すべてが変わった。

 クエストの難易度が跳ね上がり、失敗が増える。

 当然、罰則が積み重なる。

 リゼの胸が、強く脈打った。


(分かるよ……)


 あの選択肢が、目の前に出されたときの感覚。


(もっと、強くなれるかもしれない!)


 そんな期待を持っていた時があった。

 その裏にある、見えない代償があることを承知で承諾した。

 心臓の鼓動が、内側から胸を叩く。

 頁をめくる指先が震える。

 記録には、学習院側の対応も書かれていた。

 希少なスキルであるため、研究対象として保護されていた。

 報酬も支払われていた。

 だが――日を追うごとに、彼女は衰弱していく。

 それを心配する著者の言葉が、ところどころに差し込まれている。

 一人目の記録とは明らかに違う。

 こちらは“観察記録”というより――“感情の記録”に近かった。

 そして、その中の一文にリゼの目が止まる。


「この時間だけは、気が紛れるんです」


 文字が、にじんで見えた気がした。


「自分のスキルを話すことで、少しだけ解放された気分になれますから」


 それは、彼女の“声”だった。

 記録ではなく、叫び。

 本来、スキルは他言しない。

 それが常識。

 だが彼女は違った。

 希少スキルを与えられた宿命と、学習院という環境に、報酬という理由が存在していた。

 だが、それ以上に――「話さなければ耐えられなかった」。

 リゼには、そう感じられた。

 鼓動が、さらに強くなる。

 胸の奥から、何かが押し上げてくる。

 一年――二年――記録は続く。

 そのなかに、”成功報酬で、罰則がなくなるクエストがでた”という文字に視線が止まる。

 そして、そのクエストが成功した。

 続けて、”久しぶりに彼女の明るい表情を見た”という一文。


(罰則がなくなるクエスト!)


 暗闇に一筋の光が差し込んだ感覚だった。

 自分にも同じようなクエストが出る可能性がある! ……であれば、と期待しながら、次の文章へと目を移す。

 ――三年。

 彼女は学習院を卒業する。

 国家機関へ就職した、とある。


(……ここで終わり?)


 リゼは、頁をめくる。

 だが、そこに書かれていたのは――予想とはまったく違う言葉だった。


 ――これで彼女は、自身のスキルから解放された。


 指が止まる。


 ――もう、スキルのことで悩み苦しむことはないだろう。


 呼吸が浅くなるのが自分でも分かる。


 ――私としては悲しい結末だが、彼女にとっては良かったに違いない。


 理解してしまう自分がいることにリゼは気付いていた。


 ――ここに彼女への感謝を記す。


 その意味を理解する。


(……亡くなった)


 本の中の彼女は――死んだ。

 事故か、事件か、それとも――。

 それ以上は、考えられなかった。

 思考が、そこで止まる……いいや、止めたのかもしれない。

 リゼは、震える指で頁をめくる。

 だが、その先は、すべて破られていた。

 裂かれた痕は、無造作ではない。

 意図的に消されたような跡。

 残された裏表紙の裏に書かれていたのは、「王都第一学習院」という文字だけだった。

 リゼは、その文字をじっと見つめる。

 王都だからこそ、希少なスキルが集まると、思っていた。

 だが、実際は違う。

 学習院に入る際、自分のスキルを申告する。

 そんな仕組みがあることを、リゼは知らなかった。

 当然だ……学習院に通ったことがないのだから――。

 この本を読んで分かったこと。

 それは、自分のスキルが”厄介なスキル”だということだ。

 リゼは本を閉じて、ナルセーユに返却した。



――――――――――――――――――――



■リゼの能力値

 『体力:四十八』 

 『魔力:三十三』

 『力:三十三』 

 『防御:二十一』

 『魔法力:二十六』

 『魔力耐性:十三』

 『敏捷:百四十三』

 『回避:五十六』

 『魅力:四十八』

 『運:六十一』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・ナルセーユに有益な情報を与える。期限:ナルセーユの牢獄に滞在している間。

 ・報酬:体力(三増加)、力(三増加)


■サブクエスト



■シークレットクエスト



■罰則

 ・闇属性魔法”ドレイン”の消去

 ・身体的成長速度停止。期限:一生涯

 ・恋愛感情の欠落。期限:一生涯

期限:ナルセーユの牢獄に滞在している間。

 ・報酬:体力(三増加)、力(三増加)


■サブクエスト



■シークレットクエスト



■罰則

 ・闇属性魔法”ドレイン”の消去

 ・身体的成長速度停止。期限:一生涯

 ・恋愛感情の欠落。期限:一生涯


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― 新着の感想 ―
「◾️メインクエスト」に次話か次々話辺りの話が混ざっているような
敢えて間を飛ばしてるのかな?次話でどうなるか期待
文章の途中が消えているような…
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