388話
銀翼館の扉が閉まると、外の喧騒が遠のき、重たい沈黙が流れる。
奥の部屋へと連れ込んだのは、外から見られないためだ。
ミコトはアンジュに促された椅子に座ろうとせずに、立ったまま視線を落とす。
罠だと思っているのだろう。
その正面に、リゼとアンジュが立つ。
他のメンバーはミコトを避けるように立っていたが、何が起こるか分からない状況を察してか緊張していた。
気まずい空気を破ったのは、アンジュだった。
「それで……どこから話を始めればいいのかしら?」
整理するように、考えるように腕を組むと、リゼが小さく手を上げた。
「私から、少しだけいいですか?」
ミコトへ視線を向けるリゼに視線が集まる。
「ミコトさんは、“侍”ですよね」
わずかな逡巡ののち、ミコトは無言で頷いた。
「侍……って」
アンジュが目を丸くする。
職業名は知っているが、実際に出会ったことなどない。
驚くアンジュを横目に、リゼは淡々と続けた。
「お兄さんのムサシさんを探すため、旅をしているんですよね?」
ミコトの指先が、ぴくりと動く。
「……そうだ」
短い肯定……その声音には、揺るがぬ意志と、消せない焦燥が滲んでいた。
表情と言葉のニュアンスから、「まだ見つかっていない」とリゼは察する。
だから、これ以上の詮索はしない。
「アルブレスト皇国の闘技大会にも出場していましたよね。並み居る強豪を倒して、決勝へ進んだことも知っています」
ミコトの瞼が伏せられると、絞り出すように言葉を発した。
「……だが、勝てなかった。一番でなければ、同じことだ」
その一言に、重みがあった。
三人も同じ大会に出場していたからこそ、その意味が……悔しさが分かる。
「私や、この二人も参加していましたけど、予選敗退でした」
リゼはレティオールとシャルルに視線を移すと、二人は気まずそうに頭を下げた。
アンジュは目を見張る。
リゼが敗退し、ミコトが決勝へ進んだ。
それは実力的にはリゼよりも上ということ……その実力差に、改めて驚く。
「たぶん……コジロウさんやハンゾウさんも、心配していると思います」
その名が出た瞬間、ミコトの顔色が変わった。
驚愕と警戒が同時に走る。
「お主……何者だ⁈」
「ただの冒険者だよ」
穏やかな返答に敵意はない。
ミコトは改めて、リゼを頭の先から足元まで見た。
小柄な体躯に、軽装――腰に差した武器に目が止まる。
「その武器……お主、まさか!」
「職業は、忍です」
一拍の間が、場を支配する。
「し、忍だと⁈」
声が裏返る。
「はい。ナングウさんの取り計らいで、コジロウさんのご自宅にも、お邪魔しました」
ヤマト大国の名は出さない。
滅びていないと知られることが、どれほどの波紋を呼ぶか理解しているからだ。
「里でお主など見たことがない……本当に忍なのか?」
疑念と戸惑いが入り混じる。
リゼは、静かに微笑んだ。
「はい。でも私は――転職して忍になったんです」
その言葉は、ミコトにとって衝撃だった。
目を見開き、息を呑む。
忍は、生まれと修練で至るもの……転職なるもので忍や侍になる者もいるとは、聞いていたが眉唾だと信じていなかった。
そう信じてきた自分の常識が、足元から崩れた。
部屋の空気が、再び張り詰める――だが、それは先ほどの殺気とは違う。
ミコトの価値観が揺らぐ音だけが、静かに響いていた。
「その……だから私を信じてくれる? 私だけでなく、私の仲間も含めて」
リゼは言葉を選びながら、慎重に話す。
拳は無意識に握りしめている。
その問いを受けて、ミコトはゆっくりと視線を巡らせる。
誰一人として気を抜いていない……敵意のない視線。
「お主はコジロウや、ハンゾウからも信頼されているようだな」
低く、確かめるような声。
「信頼されているかは分かりませんが、敵意は持たれていないと思っています」
リゼは正直に答えた。
自信満々に言い切ることはしない。
その慎ましさが、かえって真実味を帯びる。
数秒の沈黙――やがて、ミコトの瞳から、わずかに残っていた警戒の色がすっと消えると、肩の力も少しだけ抜ける。
空気が変わったのを察したアンジュが一歩前に出た。
「それで、ここに来た目的は、リゼと戦うためってことでよかったかしら?」
まっすぐ射抜く視線。
「そうだ。拙者は強くならなければならない。だからこそ、強い相手と戦うのだ!」
言葉は力強く、床を踏みしめる足音のように響いた。
迷いのない宣言……愚直に自らの未熟さを認め、それでも前へ進むという決意。
リゼはその姿を見て、胸の奥がわずかに疼くのを感じた。
(こんなふうに、真っ直ぐに「強くなりたい」と言えるなんて……)
羨ましさが、ほんの一瞬だけ胸を掠める。
「悪いけど、リゼとは戦わせないわ」
アンジュの声が、きっぱりと場を断ち切った。
「ど、どうしてだ!」
ミコトが思わず一歩踏み出すと、床の軋む音が鋭く鳴った。
「そちらの都合だけでは、戦う理由にはならないわ。なによりも、クランとしてメリットがないのよ」
冷静な分析……感情を排した、リーダーの判断だった。
部屋の空気が再び張り詰める。
ミコトに理由はあるが、リゼにはない。
勝てば、「また戦え」と求められるかもしれない。
負ければ、一瞬で王都中に噂が広まるだろう。
金狼には交流戦の恩はあるが、それを盾に勝手な要求をされるのは違う。
どうせ、コウガの独断だということ、悪気がないことも推測できた。
リゼは、アンジュの横顔を見つめる。
仲間を守るための硬い決意が、そこにあった。
ミコトの口はわずかに開きかけ、しかし閉じた。
拳が震えている――やがて、ミコトは視線を落とす。
冷静になり、自分の我儘だと理解する。
「それよりも、王都に来た理由は? ここにお兄さんの関係する情報でもあったのかしら?」
アンジュは話題を切り替える。
問いの鋭さは変わらないが、少しだけ柔らかい声だった。
「いいや、ない。今まで旅をしてきたが、兄者に関する手掛かりは……何もない」
即答だった。
嘘をつく様子はない。
徒労に終わっているという事実が、言葉の裏に滲んでいる。
「だが、王都に来た理由はある。バビロニアの英雄が王都に向かったと聞いた。かなりの強者だと商人たちが話していた」
レティオールとシャルルが視線を交わす。
「……そのバビロニアの英雄と戦うことが、王都に来た理由ってこと?」
「そうだ! だが、正体が分からないので、王都で一番強い冒険者だろうと思った」
あまりに単純な理屈……銀翼六人の心の声は、言葉は違えど同じ意味を呟いていた。
(深く考えて行動していない。本能のまま、行動している)
アンジュは小さく息をつく。
「残念だけど、そのバビロニアの英雄とも戦えないわ」
「お主は、バビロニアの英雄が誰か知っているのか?」
「えぇ、もちろん」
「どこのどいつなのだ! 教えてくれ」
アンジュは、ゆっくりと横に立つリゼを指差した。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:四十八』
『魔力:三十三』
『力:三十三』
『防御:二十一』
『魔法力:二十六』
『魔力耐性:十三』
『敏捷:百四十三』
『回避:五十六』
『魅力:四十八』
『運:六十一』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
■サブクエスト
■シークレットクエスト
■罰則
・闇属性魔法”ドレイン”の消去
・身体的成長速度停止。期限:一生涯
・恋愛感情の欠落。期限:一生涯




