木村 淳②
淳視点です。
奈々との婚約が破談になった俺は、自室のベッドに腰掛けていた。
あの話し合いからどうやって帰ってきたのかよく覚えていない。
「なんで……こうなったんだよ」
もう何度同じ言葉を呟いただろう……。
でもどれだけ考えても、答えなんて出てこない。
信じていた奈々を失い……痴漢の冤罪を証明する証拠もない。
会社からは自宅待機を言い渡され、友人たちからも少し距離を置かれている。
SNSには俺を罵倒する言葉が溢れかえり、スマホの通知音にすら震えてしまう。
『未来ちゃん、元気出してね!』
『痴漢なんかに負けないで!』
その反面、俺を痴漢だと訴える女子高生……福島未来に対する擁護の声が上がっていた。
『皆さん、ありがとうございます!』
本人も痴漢と戦う被害者という姿勢を崩さず、周囲からのコメントに返答している。
『淳、つらくなったらいつでも帰って来い』
『無理はしないで。ご飯だけはしっかり食べなさい』
そんな中、スマホには両親からのメッセージが数件入っていた。
2人は俺が痴漢するような人間じゃないと信じ、奈々に捨てられた俺を慰めてくれる。
両親が信じてくれるおかげで、俺はギリギリ心のバランスを保っている。
だけどそれも……限界だ。
「クソッ!」
俺は吐き出せない憤りに耐えきれず――風呂にでも入って気分を変えようと、ベッドから立ち上がった時……。
「……」
机に置かれた在宅勤務用のパソコンが目に入った。
「そうだ……」
その瞬間、俺は「あること」を思い出し……パソコンを立ち上げて、ファイルを開いた。
中身は俺が勤めている会社で開発している『AI機能を搭載した電車専用の防犯カメラ』についてだ。
これは鉄道会社と連携して開発を進めている最新鋭の防犯カメラ。
死角がないように、複数のカメラの映像をAIが解析し、不自然な動きをしている人間がいないかチェックする
そしてAIが不審な動きを検知すると、映像データが鉄道会社に送信され……駅員に通達されるシステム。
このシステムが完成したら、痴漢やスリといったあまり表沙汰にならない犯罪行為を白日の下にさらすことができる。
そしてこのカメラは1週間前から、鉄道会社と警察の協力のもと……テストのために、何台かの電車に設置されている。
そして、開発に協力している鉄道会社こそ、俺が痴漢容疑をかけられた路線を運行する鉄道会社だった。
――もしかして、俺が乗ったあの車両にも設置されていたかも……。
開発チームに携わっている身ではあるが、試験用カメラがどの車両に設置されているかまでは覚えていない。
もっとも、現在はまだ試験段階だ。
AIが不審な動きを検知した場面だけでなく、検知精度を検証するために、一定時間の車内映像も保存されている。
それにもし、あの時の俺の姿が映っていれば――。
「……」
俺は開発チームの一員として、テスト映像を確認する権限を持っていた。
ただし、それはあくまでシステムの性能を検証するためのものだ。
個人的な目的で閲覧することは、社内規則で禁止されている。
「頼む……」
俺は藁にも縋る思いで、カメラから送信された膨大な映像データの中身を隅々まで調べ始めた。
最新鋭のカメラとはいえ、まだ開発途中の代物。
AIにも膨大な学習データを読み込ませているが、それでも不審者と誤認して映像データを送信することもよくある。
その上、映像データはあくまでカメラの性能とAIの正確さをテストするためのもの……必要な記録が取れたら、映像そのものは自動で削除されることになっている。
俺は時間と戦いながら、無実の証拠を探し続けた。
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「これは……」
データを調べ始めてから数時間……。
気が付けば朝日が昇っていた。
――そして俺は……あの日の映像データを見つけることができた。
映像の中の俺は電車に乗った直後……右手で吊り革を握って、左手でスマホを操作していた。
すぐ近くに、あの女子高生もいた。
スマホを操作しつつ、俺のことをチラチラ見ている。
俺はスマホに集中していて、全く気が付かなかった。
「……」
そして俺が電車に乗ってから30分後……。
『この人、痴漢です!』
俺は女子高生に腕を掴まれ、電車から下ろされた。
もちろん俺は彼女に触れていないし、なんなら眼中にもない。
俺は複数の角度から何度も映像を確認した。
少なくとも、未来が痴漢されたと訴えた時間帯に、俺が彼女の身体に触れていないことははっきりと分かった。
「この映像があれば……俺の無実は証明できる」
そう口にするのは簡単だが……現実的にそれはかなりハードルが高い。
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すぐに消される映像データとはいえ、これは会社が保持しているもの。
証拠として提出するには社長を含めた開発責任者の許可がいる。
「とにかく連絡してみるか……」
俺はスマホを手に取り、社長に連絡した。
なんとかデータを提出させてほしいと頼んだ。だが――。
『気持ちは分かる。だが、その映像は鉄道会社との契約に基づいて取得した試験データだ。君個人の判断で外部へ提供することは認められない』
正式な手続きを踏めば、映像を提出できる可能性はある。
だけど、その手続きが終わるまで映像が残っている保証はどこにもなかった。
『それはわかってます! だけど……』
それから必死に懇願したが、開発責任者の許可は下りなかった。
当然と言えば当然だ……。
この映像には、俺と福島だけでなく、大勢の乗客が映っている。
顔はもちろん、スマホを操作している様子まで記録されていた。
個人のプライバシーに深く関わる以上、勝手に外部へ持ち出していいものではない。
『映像データは必ず削除し、絶対にデータを持ち出さない』
警察と鉄道会社から提示されたルールを厳守しているからこそ、俺たちは適切にデータを扱えている。
だがそのルールを破らないと、この映像データは証拠として提出することはできない。
そうなったらきっと……俺は痴漢として逮捕される。
そして……。
『そもそも、このシステムはまだ試験段階なんだ。乗客の顔や行動まで記録していると世間に知られれば、どんな反応が起こるか分からない』
『それは……』
『もちろん、鉄道会社とは正式に契約を結んでいる。だが、映像の扱いを一歩間違えれば、我が社だけでなく鉄道会社にも迷惑をかけることになるんだ』
「……」
『わかってくれ……君1人のために、会社全体を危険にさらすわけにはいかないんだ』
社長の申し訳なさそうな言葉で、俺は社長の意図を察した。
――社長は会社を守りたいんだ。
SNSで世界中に情報が発信できるこの時代……映像そのものが流れなくても、映像に関する情報が漏れてしまえば、会社の信用問題に関わる。
社員としての立場から聞けば、社長の言葉は正しい。
俺はそれ以上、社長に何も言えなくなってしまった
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「クソッ!」
社長との電話を切った俺は頭を抱えた。
今の俺に残された道は2つ……。
――映像データを証拠として提出するのを諦めて別の証拠を探す。
――社長の言葉を無視して、裁判所と警察に映像データを提出する。
前者は時間と可能性から考えて絶望的……後者は冤罪を立証できたとして、俺自身も無事では済まない。
無実を証明できたとしても、会社から処分を受けるかもしれない。
最悪の場合、職を失うことだってあり得る。
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俺はしばらくパソコンの前で悩み続けた。
そして――。
「……っ!」
画面を見ると、俺の無実を立証する映像データの保存期間がまもなく過ぎようとしている。
もしも期限を過ぎれば、完全にデータは消され……復元することもほぼ不可能になる。
「まずいっ!」
迷っている暇なんてなかった……。
俺はとっさに私物のUSBメモリをパソコンに挿し、削除されるギリギリで映像データをUSBメモリにコピーできた。
本来、試験映像を社外に持ち出すことは固く禁じられている。
だが、俺には開発担当者として検証用データを書き出す権限がある。
その権限を今、自分のために使ってしまった。
これが会社に知られれば、処分は免れないだろう。
「……」
俺はUSBを抜き取り、ゆっくりと深呼吸した。
「腹を括るか」
俺は映像データを保存したUSBを手に、弁護士へ連絡した。
まずは映像を確認してもらい、警察にどう提出するべきか相談するつもりだ。
正直、警察や裁判所がこんな映像データを証拠として受理してくれるかわからない。
拒否されたらそれまで……痴漢として逮捕され、情報漏洩の問題まで背負うことになる。
だけど……俺は賭けることにした。
――何もしないで痴漢にされるよりマシだ。
次話も淳視点です。 6話構成予定でしたが、少し長引きそうなので話を少し追加します。




