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AIは見ていた ~痴漢冤罪で婚約者に捨てられた俺、誰も無実を信じてくれなかったが、消されるはずの記録だけが真実を知っていた~  作者: panpan


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白川 奈々①

奈々視点です。

 私の名前は白川 奈々(しらかわ なな)。

つい先ほど、カフェで婚約者である淳から彼が痴漢容疑を掛けられたという話を聞いた。


「……」

 

 帰宅した私はベッドに横たわり、天井をぼんやりと見上げた。


『信じてほしい……俺は本当に何もしてない』


 頭の中で何度も淳の言葉が響いた。

もちろん私は淳のことを信じている。

かつて私を痴漢から守ってくれた淳が、痴漢なんてするわけがない。

それは胸を張って言える。

だけど、心のどこかで小さな疑念が芽生えていた。


 ――淳は本当に無実なの?


 何度頭を振っても、疑念は消えない。

その原因となっているのは、かつて私に痴漢したあの男……。


『俺は何もしてない! 俺は無実だ!』


 あの男は警察に捕まってからも、無実だと主張し続けた。

裁判でも罪を認めず、証拠を突きつけられても言い逃れを繰り返した。

そして有罪判決が言い渡された直後、男は怒鳴り声を上げた。


『尻くらいで大げさなんだよ!! 俺が何をしたって言うんだ!!』


 手のひらを返したように開き直り、謝罪もなければ反省の色すら見せなかった。

痴漢や盗撮といった被害を受けた恐怖も大きかった。

だけど、それ以上に許せなかったのは、罪を罪とも思っていないその態度だった。


――最低。


 私は今まで感じたこともないほどの怒りを覚えた。

それ以来、痴漢という行為を心から憎むようになった。


     ◇


「淳は痴漢なんてしてない……」


 口に出して自分にそう言い聞かせる。

けれど、無実を訴える淳の姿と、裁判でのあの男の醜態がどうしても重なってしまう。


 ――違う。


 淳はあんな男とは違う。

私を助けてくれた、優しい人なんだから。

そう思うのに、胸の奥に生まれた疑念は消えてくれなかった。


-------


 すると、スマホにLINEが届いた。

相手は大学時代の友人だった。


『奈々、これってマジ?』


 友人から送られてきたリンクを開くと、SNSの投稿が表示された。


「……え?」


 そこには、制服姿の女の子がスーツ姿の男の腕を掴み、「痴漢された!」と叫びながら駅員に突き出している動画がいくつも貼られていた。


 ――間違いない、映っているのは淳だ。


 動画には顔が分かりにくいよう加工が施されていたものの、すでに一部の利用者によって淳の名前や勤務先などの個人情報まで晒されていた。


『木村君、マジで痴漢したの?』


『そんなわけないでしょ?』


 友人にはそう返したものの、スマホを操作する指が震えていた。


-----


 SNSのコメントには……。


『この子、勇気あるわね。私じゃ真似できないわ』


『女子高生相手に痴漢とか、恥ずかしくないの?』


『二度と電車に乗るな!』


 被害を訴えた女の子への賛辞と、淳に対する罵詈雑言が溢れていた。

もちろん、淳が無実だと信じている私にとって、どれも腹立たしいコメントだった。

だけど、さらにスクロールしていくと、どうしても無視できない投稿が目に入った。


『私、木村と同じ大学に通ってたんだけど……満員電車で首筋に息を吹きかけられたことある。マジで気持ち悪かった』


『私も、電車で何度か匂いを嗅がれたことがある』


 それはいわゆるタッチレス痴漢というものだった。

女性の身体に直接触れることなく、意図的に息を吹きかけたり、匂いを嗅いだりして、自分の欲望を満たそうとする卑劣な行為。

淳にそうした行為をされたと訴える女性が、ざっと見ただけでも10人近くいた。


「嘘……こんなの嘘だよ」


 思わずスマホを伏せた。

淳は絶対に痴漢なんてしていない。

そう何度も自分に言い聞かせた。

だけど、また心のどこかで考えてしまう。


 ――もし、私の知らないところで……。


 淳にだって、私の知らない一面があるのかもしれない。

どれだけ長く一緒にいたって、相手のすべてを知っているわけじゃない。

もし淳が以前からタッチレス痴漢を繰り返していて、それだけでは満足できなくなったから……直接触るようになりたい衝動に駆られても……。


「違う……違う!!」


 私は勢いよく首を振った。

そんなはずがない。

だって淳は、私を痴漢から救ってくれた人なんだから。

なのに、否定すればするほど、疑念は大きくなっていった。


     ◇


 淳を信じたい気持ちと、淳を疑う気持ちが私の中で葛藤を始める。

時間が経つにつれ、淳に対する罵詈雑言や、タッチレス痴漢の被害を訴える投稿も少しずつ増えていった。


 ――もう何が本当のことなのか分からない。


 そんな時だった。


「奈々、少しいいか?」


 ノックと共に、ドア越しに声が聞こえた。

義理の兄である真(まこと)お兄ちゃんだ。

お兄ちゃんは、私が中学生の頃に母が再婚した男性……つまり、義理の父親の連れ子だった。

血は繋がっていないけれど、私にとっては昔から頼りになる大切な家族だ。


「お兄ちゃん、どうかしたの?」


 部屋に招くと、お兄ちゃんはひどく暗い表情をしていた。


「奈々……落ち着いてこれを見てくれ」


 お兄ちゃんは自分のスマホを操作し、動画を再生して私に見せた。


「こ、これって……」


 動画は短いものだった。

混雑した車内で撮影されたためか、映像は小刻みに揺れ、時折ほかの乗客の姿が重なって見えにくくなる。

それでも、女子高生に手を伸ばしている男の顔だけは、はっきりと分かった。


 ――淳だった。


「俺の友達の妹がさ……たまたま同じ電車に乗っていて、とっさに撮影したらしい。友達から動画を共有されて……お前には真実を教えてほしいって」


「こ、こんな……こんなこと……」


 私は画面から目を離せなかった。


「俺だって信じたくなかった……でも、こうして証拠がある以上、信じるしかない」


「……」


「ただ、この動画のことは他言しないでくれ。撮影した子が、淳に報復されるかもしれないって怯えているんだ」


「でも……淳にも確認した方が……」


「奈々の気持ちは分かる。だけど、撮影した子は淳に顔を覚えられているらしいんだ。もし逆上した淳が、あの子に何かしたらどうする?」


「それは……」


「俺だって淳がそんなことをするとは思いたくない。だけど、今は何が起こるか分からないだろ?」


 お兄ちゃんの言葉に、私は何も返せなかった。

正しいことをしても、逆恨みされて報復されたという話を聞いたことがある。

もし本当に淳が痴漢をしていたのなら、動画を撮影した女の子が怯えるのも無理はない。


「奈々にこれを見せるかどうか……正直、迷ったよ。だけどやっぱり……こんな卑劣なことは人として許せない」


「……」


 画面の中の淳と、かつて私に痴漢したあの男が再び重なる。

だけど今度は、どうしても否定することができなかった。

私が知っている淳は、こんなことをする人じゃない。

それなのに、目の前の動画には、私の知らない淳が映っている。


「奈々……このまま淳と結婚していいのか?」


「……」


 私はしばらく沈黙した。

私は淳のことが好きだ。

今だって、その気持ちはこの胸にある。

だからこそ、本人の口から本当のことを聞きたかった。


「……もう一度、淳と会う」


 私は淳ともう一度、会うことを決めた。


     ◇


 翌日、私は淳のマンションを訪ねた。


「奈々、心配かけてごめんな。色々と頑張ってはいるんだけど……証拠や目撃者が見つからなくて……」


「そう……なんだ」


 途中で言葉に詰まってしまった。


 ――手伝えることがあったら言ってね?


 ――大丈夫、私は淳を信じてるから。


 思い浮かぶ言葉なんていくらでもあるのに、それが口から出てこない。


「ねぇ、淳」


「なんだ?」


「淳は……本当に痴漢してないの?」


 代わりに口から出てきたのは、淳への疑いだった。


「な、何言ってんだよ!」


「私……淳のことは信じたい。でもね? もし、何か後ろめたいことをしていたら、正直に話してほしい」


「奈々、何を言ってるんだよ! 俺は何もしてない!」


 必死に無実を訴える淳。

その目に悪意や罪の意識は見えなかった。

昨日までの私なら、淳のその目を信じることができた。

だけど今の私は……違っていた。


「じゃあ、これはどういうこと?」


 私は淳にLINEでリンクを送った。

それは、淳にタッチレス痴漢をされたと訴える女性たちのSNSの投稿だった。


「な、なんだよこれ……こんなの知らない! 俺はやってない!」


 SNSを読んでいくうちに、淳はひどく動揺していった。

私はその反応を、罪を暴かれたことへの焦りではないかと感じてしまった。


「だけど実際、こうして被害を訴える女性がいるんだよ?」


「でも、こんなの複数アカウントを作れば誰にでもできる!」


「そうかもしれない……だけど、これがそうだって証拠はあるの?」


「そ、それは……」


「この件に関しても……電車での痴漢に関しても……淳がやった証拠も、やってない証拠もない。だから……直接、淳の口から本当のことを話してほしい」


「だから言ってるだろ! 俺は痴漢なんてしてないし、こんな訳の分からないこともしたことはない!!」


 淳ははっきりとそう答えた。

その声は、私の知っている淳そのものだった。

何度も私を励まし、支えてくれた、大好きな人の声。

だからこそ、苦しかった。


 ――どうして認めてくれないの?


 ――どうして、私にまで嘘をつくの?


 痴漢を訴える女子高生……タッチレス痴漢の被害を訴える女性たち……そして、お兄ちゃんが見せてくれた、淳が痴漢をしているあの動画。

それらすべてが、淳の痴漢を物語っているように思えた。


 ――なのに淳は、罪を認めてくれない。


 かつて私に痴漢したあの男のように、無実だと言い続けている。

その瞬間、胸の奥で何かが冷たくなっていくのを感じた。


「もういい……」


 私の声は、自分でも驚くほど低かった。


「な、奈々?」


「素直に罪を認めてくれたら……私は淳を支えるつもりだった。淳なら罪を償うことができる人だって……信じてた」


「な、何を言ってるんだ?」


「淳……あなたとの結婚はやめる。婚約破棄しましょう」


「こ、婚約破棄? 嘘だろ?」


「痴漢も許せないけど……それ以上に、自分の罪を認めようとしないことが許せない」


「奈々……俺のこと、信じてくれないのか!?」


「信じてたよ……だからこそ、罪を認めてほしかった。だけど淳は……言い訳ばかりして、自分の罪と向き合おうともしない」


「なんだよそれ……。俺は本当に何もしてないんだ、信じてくれよ!」


 淳の声が震えていた。

一瞬、胸が締め付けられた。

あの淳が、こんなにも必死に私に訴えている。

それでも……。


「無理……もう淳のことが信じられない」


 私は椅子から立ち上がり、玄関のドアに手を掛けた。


「奈々、待ってくれ!」


 淳の制止を無視して、私は淳の部屋を出た。

ドアを閉める直前まで、淳は私の名前を呼んでいた。

その声を聞くのが辛くて、私は振り返ることができなかった。


---


 そして後日、私たちはお互いの両親も交えて、改めて婚約について話し合うことになった。

そこにはもちろん、お兄ちゃんもいる。


「淳との婚約を破棄します。痴漢を繰り返していると疑われる人とは、結婚できません」


 私ははっきりと告げた。


「奈々、頼むから話を聞いてくれ!」


 淳は何度も私にそう言ってきた。

けれど、何を聞いても返ってくるのは「俺はやってない」という言葉ばかりだった。

私はもう、聞く耳を持てなかった。


「淳、お前を信じたい気持ちはある。だが、奈々はもう決めたんだ」


「真さん……」


「俺は兄として、奈々の幸せを一番に考えている。だから……これ以上、妹を苦しめないでくれ」


「でも、俺は本当に……!」


「本当に奈々のことを思っているのなら、今は身を引いてやるべきじゃないか?」


「……」


 お兄ちゃんにそう諭され、淳はとうとう口を閉ざした。

俯いたまま、膝の上で両手を強く握り締めている。

それでも淳は、最後まで自分が痴漢をしたとは認めなかった。

やがて私が結婚する意思はないと改めて告げると、淳は何も言わなくなった。


-------


 こうして、私と淳の婚約は解消されることになった。


「……」


 席を立つ際、俯く淳の姿が目に映った。

やっと自分の罪を認めてくれたのか……それとも、まだ別の言い訳を考えているのか。

どちらにしても、私にはもう関係ない。


 ――私を助けてくれた淳は……私が大好きだった淳は……もういないんだ。


 そう自分に言い聞かせた。

それでも、淳と過ごした日々を思い出すと胸が痛んだ。

だけど、もう後戻りはできない。

私は淳に背を向けて、何も言わずに立ち去った。

次話は淳視点です。 あと、言い忘れていましたが、この作品は6話構成予定です。

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