二十八話
金曜の夜に家に帰ると、一足大きな靴があった。
「……おかえり」
「ああ」
半年ぶりの父は、少し痩せて、日に焼けていた。単身赴任先の名物だという駅弁を二つ、テーブルに置いて、「夕飯、これでいいか」と言った。
父の気遣いは、大抵、食べ物の形をしている。不器用で、実用的で、味は悪くない。紐を引くと加熱されるタイプで、紐を引き、包みを開けると、白い湯気が上がった。
天気の話しかできない人の、精一杯の言葉が、湯気になって、食卓に立ち上った。夕食は、いつも通りに始まった。
赴任先は寒いか。
寒い。
こっちも冷えるな。
ああ。
そういった、天気や気温の話。
いつだか彼女に話した本題を避けるための話題が、あたりさわりなく流れていく。
そして、駅弁が半分になった頃、父が話を切り出した。
「そうだ。先生から電話もらったぞ。文理選択の調査票、まだ出してないんだって?」
「……悪い。忘れてた」
「だろうなと思ってな」
父は箸を置いて、鞄から見覚えのある紙を出した。僕の調査票だった。保護者欄には、もう父のハンコが押してある。そして、選択欄には、理系の所に丸がつけてあった。
「理系に丸しといた。就職に強いし、まあ、無難だろう」
無難。しておいた。
……ああ、そうか。この文法を僕は知っている。よく知っている。便箋の中の彼女の母親と同じ文法だ。先回りの善意。
相手の事を思っているのに当人の意思を置き去りにして、先に欄を埋めてしまう優しさ。父にも、それがあった。多分、どの親にもあるのだ。
前までの僕なら、ここで「わかった」と言う。波風を立てず、いつも被っている仮面の姿でそう答える。実際、喉の手前までその言葉は来ていた。来ていたのに。
頭の中をこの五ヵ月が順番に通り過ぎた。事実は思ったよりも安全だと知ったあの日。階段の一段目に足をかけて必死に登ろうとしていた彼女の姿。必死に思いを伝えるために書いてくれた崩れた字の便箋。
———彼女は、強大な重みと向き合って、戦ってきた。今だってそうだ。
なら、僕は———。
「待って」
思ったより大きな声が出て、自分でも驚いた。父もこちらを驚いたように見つめている。
沈黙。音も声もない。ただの静かな沈黙。僕は一度、湯呑みのお茶を飲んだ。それから話す。
「丸は自分でつけたい」
「……ん?」
「文系か理系かは、まだ決めてない。これからどうしたいかもまだ。だからこそ、自分の欄は、自分で書きたい。ハンコはそのままでいいから」
父を責めていない。怒ってもいない。ただ、そこにある事実を伝えた。父は調査票と僕を交互に見て、それから、意外なくらいあっさりと言った。
「……そうか。悪かったな、勝手に」
拍子抜けするほど、静かに終わりかけた。終わりかけて、父は余計な一言を残した。
「お前は昔から手がかからないから、つい、こっちで決めちまうんだよな」
———手が、かからない。
その言葉が、僕が閉ざしていた最後の部屋の扉を開けてしまった。僕は箸を置いた。置いてから、自分がこれから何を言うのか、自分でも分からないまま。
「……違う。手がかからなかったんじゃ、ない」
「ん?」
「あの頃、父さんと母さんが、毎晩、喧嘩していた頃。隣の部屋で、全部聞いてた」
父の顔から、表情が消えた。
「皿の音も、ドアや床、机の音も、互いを非難する声も、全部。聞きながら、顔をクッションに押しつけてた。声を出してしまったら、いけないと思って。本当は「助けて、辞めて」って言いたかったけど、言い方が、わからなかった」
一息に言えたわけじゃない。途中で何回も止まった。止まりながら、それでも、最後まで言えた。本当の声で。この家の中で。十年越しに、初めて。
言い終えて、自分の手が、震えているのに気づいた。彼女の便箋の字が震えていたのと、多分、同じ震え。本当のことを口に出すというのは、喉が詰まる人も、詰まらない人も、等しく勇気がいる。
ただ僕には、それを見せてくれた、教えてくれた先生が、線路の向こうにいた。
だから、震えながらでも言えた。
「手がかからない子供だったんじゃない。……声が出せなかった、出し方が分からなくなっただけ」
長い沈黙だった。冷蔵庫の唸りだけが、聞こえていた。父は両手を組んで、僕の知らない顔をしていた。怒った顔でも、悲しい顔でもない。知らなかった事を初めて知った、そんな顔。
「……そうか」と父は、それだけ言った。
それから、ずいぶん経ってから、続けた。
「知らなかった。じゃ、済まされない話だ。申し訳なかった」
「……別に、謝ってほしくて言ったんじゃない」
「分かってる。でも、悪かった。気づいてやれなくて」
それから父は、湯呑みの中を見つめて、半分独り言みたいに言った。
「……母さんも、多分、言い方が分からなかったんだ。勿論、俺もだ。大人になっても、分からないものは分からないままらしい」
声の出し方を知らなかったのは、あの部屋の外側の二人も、同じだったのか。皿の音と怒鳴り声は、あの人たちなりの、出し方を知らなかった、間違えた声だったんだ。責める相手が、この話には、どこにもいなかった。それだけが分かった。
父は昔から、言葉の在庫が少ない。でも、今日の夜の「悪かった」は、在庫の底から出してきた一言だという事が、音で分かった。
それきり、僕たちはしばらく黙って、冷めかけた駅弁を食べた。
結局、世界は、更地にならなかった。皿は一枚も割れなかったし、言い争いも無かった。十年間、核兵器だと思って、抱えてきた本音は、ただの重たい荷物だった。重たいだけの、ちゃんと受け取ってもらえる荷物。
食べ終わる頃、父がぽつりと言った。
「文系でも理系でも、飯は食える。それだけは保証する」
———それは、父なりの『白紙でいい』という意味だったのだと思う。丸のついていない調査票を、丸のついていないまま、認める言葉。僕は「ん」とだけ返して、空になった駅弁の容器を重ねた。
それから父は、もっとずっと小さな声で、付け足した。
「……母さんとは、たまに連絡取ってる。元気にしてるらしい。お前が、いつか会いたくなったら――」
「今は、いい」
僕は言った。それから、少しだけ迷って、続けた。
「でも、いつか」
父は頷いて、それ以上は何も言わなかった。扉は閉めなかった。開けもしなかった。ただ、鍵だけが外れた音がした。
……不思議なものだ。十年間、僕は『本音は核兵器だ』と信じてきた。両親を壊したのは、撃ち合った結果なのだと。
でも今夜分かった。両親を壊したのは本音、そのものじゃなかった。本音を、分かりあうためじゃなく、相手を倒すための武器にしたことが原因だった。同じ言葉でも、武器として撃てば、核兵器になり、事実として置けば、ただの荷物になる。
僕は、本音の置き方をこの五ヵ月で線路の向こうの彼女から教えてもらった。
翌朝、父は早い時間に発った。玄関で靴を履きながら、思い出したように言った。
「調査票だが、考えて、それでも答えが出なかったら、白紙のまま出していいぞ。先生には、父さんから電話しとく。決まってないってことを決まっていないと言える奴の方が大人だ」
……白紙のまま、出していい。その言葉で「やっぱり、僕らは親子なんだ」と再度、気づかされた。
「また来月、帰る」
「ん。……気をつけて」
ドアが閉まって、僕は空になった駅弁の容器を洗った。天気の話じゃない会話が、この家に一往復だけ、増えた朝だった。
翌週の駅で、僕は報告した。
『(創太) 父に本音を言えた』
彼女のマスクの上の目が大きく見開く。
『(創太) 文理選択の事』
『(創太) 過去に言えなかった事も』
彼女はペンを持ったまま、しばらく動かなかった。言葉に詰まったわけでも、選んでいる途中というわけでもない。まるで胸の中に溢れてきたもので一杯になっているそんな感じ。
そして、しばらくして、彼女は掲げた。
『(凪咲) すごい。本当に、すごいよ』
『(創太) 先生がいいので』
『(凪咲) 誰?』
『(創太) そっちの、線路の向こうの』
何回目かの定型句。思わず、お互いに笑いあって、彼女は目に浮かんでいた雫をそっと指で拭った。
帰りの列車の窓に、夜の町が流れていく。これで助走はついた。十年言えなかったことが、言えた。自分の声で。
だったら、三月十四日に伝えたいことも、きっと、声に出せる。
……今度は、僕の番だ。




