二十七話
あの手紙を書いた三日間のことを、少しだけ。一日目は一行で終わった。『四月から』まで書いて、その先の文字が沈んだ。二日目は、五行書いて、四行消した。三日目、もう消すのをやめた。
震えた線も二重になった結びも、そのまま残すことにした。消す時間がもったいなくなったからじゃない。消してしまったら、この三日間ごと、なかったことになる気がしたから。
乱れた字は乱れたまま、それでも私の字だった。あの人なら、この文字ごと受け取ってくれる。
その確信だけが、三日目のペンを最後まで走らせた。
「準備で忙しくなるから、しばらくは車で送るわね」
三月に入った最初の朝、母はごく自然にそう言った。
編入の書類。制服の採寸。寮の説明会。引っ越し業者の見積もり。母の手帳は『私のための実務』でみっしりと埋まっていて、その隙間に、私の電車通学は収まらなくなった。
「自律のため」という一年前の建前は、引っ越しという巨大な実務の前で、完璧に撤回されようとしていた。
母を、責められないのが、いつも通りに一番苦しい。母は本気で、私のために動いている。
転校も、送迎も、記録表も、全部、母なりの愛だ。でも、そこには、私の意思は一切、反映されていないし、喉が詰まる原因がその愛に潜んでいるなんて、母は、一度も疑ったことがない。
疑わないまま、今日も、私のためにと最善を尽くしている。それが、更に私の喉の奥の石を肥大化させていく。
この現象をどう呼ぶのか、私は知らない。ただ、これが苦しいということだけ知っている。
私は、ホワイトボードの前に立った。
『電車で行きたい』
六文字を絞り出す。母が振り向く。
「どうして? 車の方が楽でしょう、荷物も多いし」
……どうして。本当の理由は書けない。駅に待ってくれている人がいるから。十メートル先に私の声の全部を聞いてくれる人がいるから。その文字は、ホワイトボードには載せられない。
かといって、嘘の理由も、前のように出てこなかった。だから、私は、半分、本当のことを書いた。
『慣れた道が名残惜しいから』
名残惜しい。この町が。三崎賀原駅が。あの向かいのホームが。
母はホワイトボードを見て、少しだけ黙って、それから頷いた。
「……そうね。わかったわ。週に何日かは、電車でいいわ。でも、手続きのある日は車よ」
部分的勝利だった。週に二日か、三日。私の十七時四十五分は、配給制になった。
ずっと、この『配給』という言葉が、頭に浮かんで、消えなかった。足りないものを、少しずつ、分けてもらう。当たり前にあったものが、当たり前でなくなる感覚。
十月から二月まで、私の十分間は、水や空気と同じで、毎日そこにあるものだった。
それが今、日めくりのように数えられ、割り当てられ、大事に使っていかなければならない対象になっている。
不思議なことに当たり前が無くなってからその一回、一回が前よりずっと輝いて見えるようになった。
でも、あの駅にいけない日の夕方は流石に堪えるものがあった。母の車は、丘の学校から家へ帰る途中一度だけ、国道から駅前を通る。
ある日、その信号が、ちょうど十七時四十五分に赤色になった。その瞬間、ふと横に目を見やると、窓の外、ロータリーの向こうに、一番線のホームが見えた。
水銀灯の光の輪の中には、彼がいた。彼はベンチに座って、膝にクロッキー帳を置いて、二番線の方、いつも私が座っているベンチを見つめていた。掲げる相手のいないホームで、それでも、いつもの姿勢で待ってくれていた。
信号が青に変わるまでの、一秒か二秒。彼はこちらの車には、気づかない。
「凪咲? どうしたの」
私は首を振った。声は出なかった。今日だけは、出なくてよかったと思った。出ていたら、私の中から何かが漏れていただろうから。
信号が青に変わって、車が動き出す。ホームが後ろへ流れていく。バックミラーの中で、水銀灯の光が、小さくなって消えた。母は鼻歌を歌っていた。晴れの日の三拍子の鼻歌。
母の天気は本日、快晴みたいだ。すぐ近くの娘の天気図が雪雲に覆われていることには、気づいていない。
でも、気づかないままでいい。この雪は私だけの雪だから。来られた日の駅で、私は正直に書いた。
『(凪咲) ここに来られる回数』
『(凪咲) もう少ないかも』
彼のマーカーは、一瞬だけ止まって、それから、迷いなく動いた。
『(創太) 一回分を増やそう』
その日から私たちの十分間は変わった。不思議なもので、残高が見え始めると、時間の密度が途端に濃くなった。
手袋を外す時間が惜しくて、私は手袋の人差し指の部分だけを切る改造を施した。母に内緒で裁縫箱をこっそり開けて、糸がほつれないように切り口を縫って。完成した右手の手袋は、人差し指だけが飛び出した、少し間抜けな形になった。
でも、これでペンを持つたびに手袋を外す数秒が要らなくなる。数秒。たった数秒。その数秒すら惜しいくらい、私の十分間は、残り少なくなっていた。
彼は彼で、書きながら次の一枚の下書きを頭で組む技を覚えたらしく、往復の間隔が目に見えて短くなった。四往復に減っていた会話が、六往復まで戻り、ある日は七~八往復を数えた。
ある日の一往復目は、こうだった。
『(創太) 一発目、贅沢にいきます』
『(凪咲) どうぞ』
『(創太) 元気ですか』
『(凪咲) それが贅沢?』
『(創太) 一番聞きたいから』
私は少し黙って、それから、丁寧な字で返した。
『(凪咲) 元気です』
『(凪咲) あなたのおかげで』
その文字を見て、彼の目が丸くなって、それから少しだけ照れくさそうに目線を逸らしたのを確認して、私は笑った。
挨拶が贅沢品になる関係。こういう関係が存在するのだと、私は三月になって初めて知った。
残された時間の短さは、残酷で、だけど、大事な事に気づかせてくれる。少しだけ、有能な存在みたいだ。
期限が近づくのに比例して、編入の実務は、着々と進んだ。見たことのない制服の採寸表。寮の持ち物リスト。
そのリストの中に『私物の画材・スケッチブック等 持込可』という一行を見つけて、私は少しだけ、息を吐いた。持っていける。あの厚い紙の束は没収されない。
ただ、私は一つだけ、まだできていないことがあった。友人に、隣の席の子に、言えていない。『声、ゆっくり治そうね』と付箋を筆箱に貼ってくれた。授業中に私の事を庇ってくれたあの子に何も伝えられていない。
「ゆっくり治す時間ごと無くなります」と書く勇気が、私にはまだ、なかった。




