すれ違う熱は屯所を出る
その日、隊士である乙葉が屯所へ帰ると、新選組内は騒然とした。
「すげーな龍崎、これ、一人で?」
隊士の一人が引きつった顔で尋ねる。
「まぁね」
龍崎乙葉はれっきとした女だが、女の身を隠すためのダンダラ羽織には返り血、顔には傷。
そして――手には三人の男を連れていた。
男達は乙葉以上に血みどろになり、気を失っている。
乙葉はその三人を廊下から、ボロ雑巾でも放るように豪快に庭に投げ捨て、ぱんぱんと手を叩いた。
そのとき――
「おい、龍崎」
その声を聞くだけで、条件反射で乙葉は頬が熱くなりかけた。
(今は、任務中でしょ)
周りには隊士もいる。後ろにいるのが恋人だからと、だらしない顔を見せるわけにはいかない。
乙葉は笑顔で振り返った。
「土方さん、浪士三人を捕縛しました」
「馬鹿野郎ッ!!」
天井まで震えんほどの大声が響いた。
「は?」
あまりの剣幕に、周囲の隊士がさーっと引いていく。乙葉の心にあった彼に対する甘い余韻も、同時に引いていった。
褒められこそすれ、なぜ自分は怒鳴られているのだろうか。
「なに? なんで怒るの?」
土方の拳は強く握られている。乙葉の頭からつま先までをたどった視線は、そのまま、庭に転がる不逞浪士を一瞥した。
「う……うぅ……」
うめき声を上げる浪士たちの近くには、折れた十手や、何に使ったのかも分からないが、割れた瓶や木片のようなものも転がっている。
「どこだ」
怒鳴られたことに釈然としないまま、乙葉は答えた。
「祇園で。不逞浪士が暴れてるって情報があったから」
「違う。総司はどこだ」
「知らない、一緒じゃなかったし」
青筋を立てた土方は、檄を飛ばす。
「総司を呼べ!」
「は、はいっ!」
隊士が及び腰で走り出そうとしたが、
「そんなに怒鳴らなくたって、聞こえてますよ」
ちょうど、沖田総司がひらりと廊下から姿を現した。状況を察し、さり気なく二人の間に入る。
庇うという程ではないが、彼の立ち位置は、乙葉の少し前の位置だった。
「龍崎に勝手な行動をさせるな」
土方の低い声に、沖田は神妙にうなずいてみせた。
しかし乙葉の憮然とした顔を見るやいなや、真面目を装っていた顔はみるみる崩れ、最後には沖田は笑っていた。
「指示は仰いでもらわないと。龍崎くんは、一番組の所属なんですし。一応」
「一応って……」
乙葉は一番組の隊士だ。
その乙葉が問題を起こすと、責任者である沖田総司が絞られる。
沖田は口元に笑みを浮かべる。
「だって、これが初犯じゃないですよね」
「人聞きが悪くない?」
幕末へ来る前は、現代で刑事をしていた乙葉にとって"初犯"とは聞き捨てならない言葉だ。
「だけど実際、龍崎くん話聞かないし。俺の面目丸潰れなんだけど?」
ぐうの音も出ない。
なぜか沖田には言い返さない乙葉を見て、土方は腕を組み、足でたんたん、と地を踏んでいる。
沖田は、乙葉が握っている証拠品を手に取った。
「へえ、ちゃんと裏も取れたんだ」
「当然」
乙葉が胸を張った。
「お手柄だね」
「褒めるな」
土方の突っ込みが入る。
沖田は、土方の視線が怒りを孕みながらも、乙葉の傷や返り血に向かっているのに気づく。ふっ、と微笑い、乙葉の頬の傷を手拭いで押さえた。
「顔に傷なんかつけて」
「っ……」
「痛む?」
「別に」
強がるね、と笑う沖田の指先に、乙葉は不覚にも心が緩んだ。
手柄だと目を細めるのも、こうして傷に触れるのも全部、本当は、土方であって欲しかった。
「おい」
土方が割入り、乙葉に触れていた沖田の手を掴んだ。
「そんな顔するなら、優しくしたらどうです?」
「総司、てめぇは……場を悪化させに来たのか」
「仲裁してほしかったですか?」
土方は力任せにしているのか、沖田の手首からめきめきと音が聞こえそうなほどだ。
「離しなさいよ」
乙葉は土方の手を掴みつつ、もう片方の手で証拠品を、土方の鼻先へ突き出した。
「結果は出したでしょう?」
次の瞬間、今日一番の雷が落ちた。
「いい加減にしろっ!」
騒ぎを聞きつけ、廊下から新選組隊士の葵が、心配そうに顔を出した。
沖田は土方に解放された手首を押さえつつ、「駄目そう」とこっそり葵へ首を振っている。
そのどれもが乙葉の目に入らない。
どれだけ言葉を返したのか、もう覚えていない。何度「違う」と言っただろう。
「ねえ、話聞いて」
土方は、証拠品や浪士たちには目もくれない。ただ、睨むように乙葉を見ている。
眼力に気圧され、乙葉は口ごもった。だが、引くことはしない。
「自分はいつも結果が全てだって言ってるじゃない」
「俺とお前は違う」
「なに、それ」
立場の違いを言っているのだろうが、乙葉には、その言葉が「女だから」と言われたように聞こえた。
剣の腕では敵わないが、乙葉にだって、刑事としてやってきた自負がある。
それを踏みにじられた気がした。
「馬鹿にしないで」
褒めてほしいなんて、子どもみたいな感情がないと言えば嘘になる。だけど、それ以上に、
守られるだけじゃない。
対等でいたい。
――認められたい
どれも伝えられないうちに、土方は拳を解いた。
「そんなに一人でやりたいなら好きにしろ」
冷たい響きに、乙葉は顔を伏せた。
(突き放された?)
さっきまでの、叫ばれている時の方が、まだ感情のやりとりがあった。
「龍崎さん……」
葵は泣きそうだった。
自分を慕う妹のような葵に、こんな顔をさせたことに、「ごめんね」と言いたいのに、喉が開かない。
沖田に深々と頭を下げた。
「総司さん、巻き込んでご迷惑をお掛けしました」
「いや……」
乙葉は土方へ背を向けたまま、
「もう、いい」
一言だけ、落とした。
自分の袖を握っている葵の手を離して、静まり返った屯所を一人、出口へ向かう。
戸に手を掛けた時、重い足取りが止まった。
追いかけて、欲しかったのだろうか。
自分の気持ちはわからないのに、追いかけてくる足音がしないことだけは、明確にわかってしまった。
乙葉はその日、屯所には戻らなかった。




