第十四章 素直じゃない人たち
「副長が心配してますよ、戻ってきてください」
乙葉は動揺を悟られまいと、ツンと顔を背けた。
「厄介なのがいなくなって清々してるはずよ」
「そんなことないですよ、今日の宴席だって副長が……」
言いかけて、葵は口を噤んだ。
乙葉は続きを聞きたくなかった。
今だって、新選組の宴会があると知って、"それなら土方も来ているのかも"と一番に思ってしまった。
この葵屋のどこかに、あの堂々とした揺るがない背がある。考えるだけで、口づけの温度すら思い出せる。
「乙葉さん、あんなに大事にされてるのに」
「……どの辺がよ?」
乙葉は思い切り眉を寄せた。
「私も始めは、副長の気持ちを疑ってましたけど。よく見ると、いや見なくても分かるんです」
例えば? と聞くと、葵は「知りたいですか?」と笑う。
「その人を食った感じ、総司みたいだからやめて」
「え、似てます?」
葵は嬉しそうにぽっと頬を染めた。
「褒めてないから。あんた本当に総司のこと好きなのね」
「はい」
照れてはいるが、真っ直ぐな葵が眩しかった。
若い頃というのは、こんなに直線的だっただろうか。自分は恋愛に対して、いつからこうなってしまったのか。
理瀬はここまで分かりやすくは浮かれないだろうが、乙葉の知らないところで、稔麿にだけする顔があるのかもしれない。
当の理瀬は葵の髪紐を解いて、鎖骨までの髪をさらさら梳いている。
「理瀬さん?」
「髪、編み込んでもいい?」
「へ? はい」
乙葉はうつむき加減に畳を見ている。何かを考え込んでいるようだ。
理瀬は細い指で器用に髪を取り分け、葵にだけ耳打ちする。
「土方さん、乙葉のこと気にしてると思う」
振り向きかけた葵に、理瀬は「動かないで」と顔を固定させた。
「私は、人の心を読んだりはできないけど……感じることはできるから」
「それで、さっきもお酒をお水にしてくれたんですか? 編み込みも……?」
理瀬はふっと笑った。
「私は好きで芸妓をやってるわけじゃないけど……華やかな装いに憧れる、葵の気持ちはわかるから」
葵は照れたように首をすくめ、「土方さん、何か言ってました?」と小声で尋ねる。
「ううん。ただ、盃の傾け方、視線の取り方でなんとなく。ほら、出来た」
ぽん、と背を叩かれた葵は、そっと編み込みに触れる。横に細い編み込みを作った一つ結びだった。
「可愛いけど、男の袴だから……変じゃないですか?」
「ううん、似合ってる」
理瀬は乙葉に視線を向け、「あの二人も、結び直せるといいけど」とぽつりと言った。
聞こえたのか、乙葉が眉をあげる。
「ちょっと? さっきから何を二人でコソコソやってんのよ」
「乙葉さんも副長も、素直じゃないって話です」
「あいつはともかく、私は違う」
葵は困ったようにため息をつく。
「副長、最近笑わないんですよ」
「元々笑わないじゃない」
「乙葉さんがいたときは、呆れ顔くらいはしてました」
乙葉は手を握りしめた。
意地を張ってるのはわかってる。逞しい腕で逃げられないように抱かれたら、
あの低い声で帰って来いと言われたら、素直に戻れるのかもしれない。
だけど、土方はそうはしないだろう。
ふいに、理瀬が目を瞠る。
続けて乙葉も障子を見た。
「乙葉さ……」
「しっ」
ぎしりと廊下が軋む音がする。
音は一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。
障子に薄い影絵のような人影が映る。
ゆらりと揺れる前に、三人は後ずさる。
衣擦れの音が、呻き声のように聞こえた。
ゆっくり障子が開く。
先には、月夜を背負った男が一人。
女を値踏みしていた、あの男がいた。




