99 アンリーヌの本心
「ブラボー! 素晴らしい!」
隣の部屋から大きな声が称える言葉が響く。
暗くする演出は、想像以上の効果を出したのか、客席の興奮はなかなか収まらず、その後の劇が始まっても小さなざわめきは続いていた。
「大成功ですタわねノチアお姉さま。これでヘンリーの顔もギャフンですわ!」
「そうね。これで少しでもアンリーヌを認めてくれればいいんだけど」
劇も終わり、アンリーヌにお疲れ様を言うために少し劇場を出るのを遅らせる。
すると、言い争うような声が歓談用のスペースでから聞こえてきた。
その声には聞き覚えがあった。
一つはおそらくヘンリー、そしてもう一つは隣の部屋で絶賛していた男の声だ。
「私はただ、素晴らしい歌声を持ったアンリーヌ嬢を支援したいと申し出ただけです」
「何が支援だアファンタ! 必要ない!」
ヘンリーが連れの執事に制止されながら叫んでいた。
あまりの剣幕にきっちりセットされていた金髪が乱れている。
詰め寄られているのはアファンタと呼ばれた男性で、赤毛の天然パーマは前世で言う作曲家のような独特の髪型にまとめられている。
恰幅の良くお腹周りが出ているが、服装も派手なためちょっと成金っぽい雰囲気がある。
アファンタと一緒にいるのは商人らしき男性で、ヘンリーの剣幕に怯え気味だった。
「ちょっと、アンリーヌを支援したいって申し出をどうしてあんたが否定するのよ!」
「小娘が出しゃばるな!」
「なんですって!」
「そうです。未来のある若者には支援は不可欠ですよ」
「才能があるとでも? 偽善者が! 貴様のやろうとしている事は豚にも劣るわ!」
フェリシアが思わず割って入るが、それはヘンリーを熱くさせるだけだった。
ヘンリーが言葉を言い放った後に、私の後ろで息を飲む音が聞こえ振り返る。
すると、アンリーヌが掛けていく後姿が見えた。
「アンリーヌ? あっ、待って!」
「お姉さま、ここはわたくしに任せてくださいまし!」
「ええ!」
「お任せください」
「わかったわ」
フェリシアについていた執事にも後を追う様にうながされ、私はアンリーヌを追った。
従業員用の通路を抜けると、私と昼間に話していた所に出る。
「……ノチア様」
「様はいらないわ。それより歌すごく良かったわ」
「ありがとうございます。まさか支援するとまで言ってもらえるとは思ってなかったわ」
「支援を受けるの?」
「実は私は受けるつもりはないんです。…………皆は良いことだって。羨ましいって言ってくれたけど……。私の目的とは違うから」
アンリーヌがその場に膝を座って膝を抱えると空を見上げた。
「私の夢は歌手でも舞台女優でも無いの。私の演技は……母の為だったし……。私の歌は、あんなに大勢の為に歌わなくても良いかなって」
その後、言葉を探すようにアンリーヌの視線が横に逸れては宙を彷徨う。
そして、赤い癖のある髪をかき上げる様に手を添えた。
私は何かまだ言いたいことがある気がして、黙ってアンリーヌの言葉を待つ。
「……私ね。お金を貯めて自分の食堂を開きたいの。お母さんも食堂で働いている所をお父さんに見染められたんだ。それもあって、小さくても良いから自分だけの食堂を持ちたい」
その言葉はアンリーヌの本心のような気がした。
「良いじゃない! 何を出すか決めているの? ラーメンに興味ない?」
「ラーメン? 何ですかそれ」
まだ、アンリーヌの中にしこりのようなものがあるような気がしたけど、聞くことが出来なかった私は、ラーメンの話しで無理やり盛り上げようとした。
自分でも良くわからないモヤモヤをラーメンの話題でごまかしたのが、自分でも少しびっくりした。




