97 赤毛のアンリーヌ
「アイラ様って言うんですね。なんて素敵な名前なんでしょう。舞台から見える一目見て私は虜になってしまいました。あの凛々しい立ち姿。花びらが舞う春の風邪のような眼差し。私、歌っている事さえ忘れて見入ってしまう所でした。それから……あっ、ごっ、ごめんなさい私ったら……」
アイラの魅力を熱く語っている途中で、我に返ったのか顔を赤くして黙り込んだ少女を改めて見る。
歳は私と同じくらいだろうか?
舞台の上からは、髪の赤とボリュームのある巻き毛だけが目立っていたが、こうして間近で見ると、体は華奢で顔も思っていた以上に幼く見える。
この体から、あれほど力強い歌声が出ていのかと驚くほどだ。
「友人の事を褒めてくれてありがとう。私はノチア。あなたは?」
「アンリーヌと申します。この劇場に住み込みで働いています」
「住み込み? 舞台に出るだけじゃないのね」
「そんな……私なんて、人気もないただの前座ですから」
アンリーヌのその言葉は、謙遜で言っているのではなく、本当にそう思っているようだった。
歌の時にあれだけ周りが話をしていたら、そう思っても仕方がない気がする。
「あんなに良い歌声なのにもったいないなー。せめてもう少し電気を落として、舞台に集中させられたら良いのに……」
「ありがとう嬉しいです。そうだ、チケットがあるんですけど今日も見てくれますか?」
「本当に? 今日も行くわ? いくら?」
「そんな……あの……いいんですか? その、ノルマがありまして……」
そこでステラが私にこっそりと耳打ちする。
「ノチアっち、それ一般客用っすよ?」
「私は構わないわ。ステラは一般客席じゃ私を守る自信はない?」
「まぁ、王都の劇場なら余裕っすね」
「じゃあ、決まりね。二枚貰える?」
「ありがとうございます」
そこでアンリーヌが息を吐いた。
「良かった。昨日、すっごく綺麗な服を着ていたので、もしかしたらお貴族様なのかと思って、途中で焦ってたんです」
「そんなことを気にしていたの? でもアンリも凄い綺麗なペンダントをしてるじゃない」
「そうですよね。これ、母の形見なんです」
「えっ? それって……」
「えへへ、父もいないので、わたし天涯孤独なんです。……でも、夢があるんですよ! お金を貯めて食堂をやりたいんです」
「良いわね。アンリーヌは料理が得意なの?」
「はい! 母も食堂で働いていて父に見初められたんですよ! いろいろ見て学びましたから、ぜひ食べて欲しいんです」
「おーい、アンリーヌ。ちょっとこっちの仕事手伝ってくれ」
「あっ、はーい。では、今日の劇にもぜひ来てくださいね」
アンリーヌが劇場の人に呼ばれたので、そこで会話が終了した。
私は残った時間もラーメン屋の情報を探して回り、時間になってから劇場に向かった。
「一般客の入り口はここっすねー」
「ちょっとー! あなた! そこのあなた! 何やっているのですわ!」
入り口から入ろうとすると後ろから声がした。
振り返ってみれば、豪華な馬車が止まっている。
「ノチアッっち、知り合いっすか?」
「あの紋章は……、ああ! あれってウーファ領の紋章? シリオスが来ているのかしら?」
「ムーファって……侯爵っすよね。挨拶した方が良いんじゃないっすか?」
無視するわけにはいかないので、私は馬車に向かった。
しかし、馬車が開いて出てきたのは、幼い少女だった。
「あなたってノチアでしょ! この! お兄様を誘惑する女狐! ついに見つけましたわよ!」
「女狐って、私はシリオスを誘惑なんてしていないわ!」
「まぁー! お兄様を呼び捨てにして! 乗りなさい! 今日と言う今日は話をつけてさしあげますわ!」
「ええー。今日が初対面なんだけど……ステラの同乗も許可いただけますか?」
隣にいる執事然とした男性に許可を貰う。
その男性は私の事を知っていたようで、無事に許可を出してくれた。
馬車に乗ってもシリオスの妹は必死にしゃべり続けたが耳に入ってこなかった。
どうやら私は弟妹くらいの小さい子に弱いようだ。
一生懸命に私を怒鳴っている姿すら可愛く見えて頭を撫でないように耐えるのに必死だった。
「つまり、ノチアではなくフラウとか言う魔王がお兄様を誑かしたって事ね」
「まぁ、勝手に誘惑されているというか、虜にされているのは事実っすね」
結局、私が何も話さないままに劇場に入ったのを見かねて、ステラが誤解を解いてくれた。
妹ちゃんの名前はフェリシア。
正真正銘のシリオスの妹で、今日は家族は忙しかったようで、一人で劇場に来たようだ。
「でねー。お父様ったら酷いのよ?」
シリオスの家は王都の劇場にも常に席を取っているようで、テラス席は豪華だが、使い慣れたような雰囲気がある。
私はソファーではなく一人掛けの席に座わらされたが、私の膝の上にはフェリシアが座っている。
彼女の我儘もキツい言動も、もしかしたら寂しさの裏返しなのかもしれない。
「ノチアお姉さまは危機感がなっていませんわ! 一般のゲートに並ぶなんて、危険じゃありませんの!」
「でも、せっかくアンリーヌからチケットを買ったんだし……」
「誰ですのそのアンリーヌって女は! 私のノチアお姉さまに取り入ろうとするなんて!」
そこで、部屋のドアが叩かれる。
入ってきたのは、この劇場の支配人だった。
「これはこれはようこそお越しいただきました。私、この劇場の支配人をしておりますダスと申します。何か必要なものがおありでしたら、何なりとお申し付けください」
「支配人、あの私お願いしたいことがあるんです。アンリーヌの舞台の演出の話しなんですけど」
この劇場の明かりは魔導具で、明るさの調整は出来る。
そこで私はアンリーヌの歌の時に舞台を少しでも暗めにしてもらえるように頼んでみた。
しかし、支配人は汗を拭きながら言いにくそうに断ってきた。
「それは……そのアンリーヌの時は明かりは消すなと指示されたもので……」
「それってわざと明るくしてるって事!」
その発言を聞いて私は耳を疑った。
誰かが意図的にあの状況を作り出していたのだ。
「だれの指示なのかしら?」
「ひぃ! ヘンリー子爵です!」
私の意思を組んでか、フェリシアが圧をかけたことで、名前をこぼした。
「ノチアお姉さま、こうなれば直談判ですわ!」
フェリシアがなぜかキラキラした目で私を見ている。
フェリシアの行為は強引だと思ったが、演出なのだとしてもアンリーヌへの対応を改善するチャンスだと思い、私は部屋を出て支配人に案内を頼んだ。




