87 事件の裏で起きている事態
その後の展開は早かった。
セリティによって、事件の詳細はすぐにランザント王国に伝えられ、事態を重く見た国の上層部が素早く動いたのだ。
すぐにランザント王国側は事件の首謀者までたどり着き、捕らえると芋づる式にガストル領の貴族たちのかかわった証拠まで出てきた。
この事件はドール側もさすがに静観する事は無く、抗議だけではなくガストル領への調査を国に申請したのだ。
しかし、それはガストル領内で起きている大事件を知るきっかけでしかなかった。
「えっ? ガストル領内で伝染病?」
思ってもいなかった単語を聞いて私の思考が止まる。
「いえ。正確には広範囲の住民に死者が出ているって話だわ。……ぐふふ、藪を突かずに入ったら、蛇ではなく死神にあたったわね」
「冗談なんて言ってる場合じゃないだろ? それはドールにまで流行する話なのかい?」
アイラがルキラにキツメの言葉を発した。
恐らくはルキラを含めドール領を心配しての物だろう。
そ私たちにとっても他人事ではない。
「わからないわ。でも、現地に行ったヒューリ兄様は伝染病とは少し違うと言う感想よ」
「ヒューリは王国の特捜兵をしていたんだっけ? ガストルの調査に同行したのね」
(前に、アージュ豆の騒動で特捜で来たヒューリを、最初はゴウオウと私の関係を疑っていると思って警戒したっけね)
国の特捜では、関係者の立場では調査は行えないだろうが、ドールの代表としてガストルの調査に加わったのだろう。
しかし、いざガストルに入ってみれば、村に死者が溢れているなんて、笑えない冗談だ。
「伝染病なら生き物だけに被害が出るはずよ。でも実際は森が枯れて川が腐っているそうよ。現地では山の神の祟りや呪いだとささやかれているけど、ヒューリ兄様の見立てでは鉱毒じゃないかと言っているわ」
「鉱毒……」
鉱脈を掘ったり、錬金の過程で起きる事故だ。
有害な物質が川に流れ出たり、ガスが周囲に漏れたりして広範囲の住民に重度の健康被害と後遺症を残す最悪の人災だ。
「ぐふふ。街道が出来たことに焦って、無茶な採掘をしたのでしょうね。ことの発端を担っている我が領としては胸が痛いわ」
「ドールの所為では無いわ。ガストルは元々鉱山で栄えている領地ですもの、採掘に責任を持つのはガストルの役目よ」
「しかし、採掘が原因だとすると、山の反対側のフラウ領にも被害が出てもおかしくないね。一度フラウ領に向って話を聞きに行きたい」
「大変じゃない! すぐにフラウに危険性を伝えに行かなきゃ!」
鉱害の事態がフラウ領にも及ぶかもしれないとアイラに聞かされて、私の血の気が引く。
フラウ領にはラウメから派遣されている人もいるのだ。
それ以前に、一緒に開拓や書物の解読をしたフラウの民は、私の中ではもう身内も同然だ。
すぐにゴウオウに乗ってフラウ領に飛んだ。
――――――
「鉱害?わらわの領はいたって平和じゃぞ?」
「そう、良かった~」
必死でフラウ領に飛んだ私達を迎えたのは、そんな呑気なフラウの一言だった。
「しかし、ガストルでは鉱害の被害で死者も出ている。警戒した方が良いんじゃないかな?」
「警戒ならわらわが常にしておるのじゃ! ここはわらわの領じゃぞ? その上で被害はないと言っておるのじゃ。それにわらわの領でも昔から採掘はしておる。じゃが、いまだに一度も鉱害の被害なんぞは出た事も無いのじゃ」
フラウが自慢げに胸を張る。
今までは出なくても、これから起きる可能性はあるだろう、と思わないでもないが、フラウは何百年もこの地を支配している。
その長い年月で一度もないと言うのなら、それは信用できる言葉にも思えた。
「何か安全な理由があるのかしら?」
「採掘のことならドドにでも聞いてみれば良いのじゃ」
「ドド?」
「ほれ、初めてフェロンの洞窟に行ったときに案内してくれた岩肌族の男の一人じゃ。話しを通しておくので奴にでも聞いてみると良いのじゃ」
フラウの提案で、もう一度あの洞窟に戻ってドドの話しを聞くことになった。
(短い期間で、もう一度ここに来るとは思わなかったなー)
相変わらず豊富で透明感のある水の流れる綺麗な洞窟だ。
本当に鉱害の被害は出ていないようで、洞窟は以前と同じで平和そのものだ。
ドドにはすぐに会えた。
話しを聞いてみると、ドド達フラウ領の人間が、採掘の時に特別に何かをやっていると言った話は無かった。
「手掛かりはなさそうだね」
「アイラはなにかわかると思ってたの?」
「そうだね。実際、採掘をしていれば鉱害は起こりうる問題だからよ。しかし、何もしていないという。それなのにこれだけの綺麗な水が維持できてるなんて、奇跡だよ」
アイラがキラキラ光る透明な水面を見て呟いた。
少し皮肉っぽく言った言葉に、私は少し考えを巡らす。
そこで水の中で大きく育つフェロンが視界に入った。
「フェロンも綺麗な水じゃなきゃ育たないもんね」
「フェロンが? 違う違う。フェロンはそんな弱くねぇ。親父の前の代からフェロンは採掘の守り神だって言われてるくらいだ」
「フェロンが守り神?」
その瞬間に私の中にバラバラにあった要素が、一つに繋がるような感覚がする。
綺麗な水では大きくならないフェロン。
中の肉の牡蠣のような味。
前世の牡蠣の海での効果。
採掘の守り神と言うドドの言葉。
なぜフェロンのある水はあそこまで澄んでいるのか。
「フェロンが水を浄化している? 鉱害が起きないんじゃなくて、フェロンが浄化しているのだとしたら?」
「待って、山の守り神ってそういう事なのか?」
私の言葉を拾ったアイラが真剣な眼差しで問いかけてくる。
「わからない。……でも調べてみる価値はあるわ!」
「ダイアで研究はしている……ノチア、君はどうしてそんなに物事に愛されているんだ」
「ぐふふ。ノチアらしいわね。ノチアはいつだって絶望を希望に変えるんですもの」
アイラが私の肩を強く抱き寄せる。
それにこたえる様に視線を向けた。
「ダイアに行きましょう! フェロンの研究が進んでいれば、ガストルの民を救う手助けができるわ」
「そうでね。行こう!」
ダイアに向って飛ぶ頃には、私を含めて全員の目に希望の炎が宿っていた。




