80 フェロンの養殖場
霊峰ファナの麓にあるフェロンの養殖場に選ばれた泉は、絶景の一言だった。
豊富な湧き水がいたるところから溢れ出していて滝を作っている。
視界いっぱいに広がった、大小さまざまな滝からは水飛沫が巻き上がり、山の冷えた空気と混ざり合って、清浄な空気を作り出している。
「まさにマイナスイオン全開って感じね」
「マイナス? なんじゃ?」
「ううん。こっちの話し。気にしないで」
「そうか? して、これが問題のフェロンじゃ」
フラウが泉の淵に手を入れてフェロンを取り出す。
成長が悪いと言っていた通り、その大きさは手のひらに収まる程度だ。
「これから大きくなって行くんじゃないの?」
「フェロンにも成長期と言うものがある。これはもうその時期を過ぎたものなのじゃ。これ以上大きくなることはないのじゃ」
洞窟の中ではサッカーボールくらいにはなっていた。
成長しない理由があると言う事だ。
「普通に考えて栄養不足が原因じゃないのかい?」
「わらわもそれは考えたのじゃ。しかし、フェロンは魔法生物じゃし、ここには霊峰ファナの良質な魔力が流れ込んで居る。もちろん水も洞窟と同じじゃ」
「ぐふふ。小さき者の実力はいかほどかしら?」
「味の話しかえ? 少し薄味じゃがちゃんと美味いのじゃ。しかし、この大きさでは中心部にコウジは出来んのじゃ」
試しにフェロンを食べてみると、大きいものより食感は柔らかい。
味はもともとそうだったが、大きさと食感からますます牡蠣に思えてくる。
「待って……牡蠣? もしかして」
「何かわかったのかい? ノチア」
「フェロンには水質改善の効果があったりしない?」
「そんな能力があるのかい?」
「あくまでも可能性の話しよ」
私が思い浮かんだのは魔力以外の栄養を取っている可能性だ。
もともとあった洞窟の水は凄く澄んでいた。
それがフェロンの影響だとするのならば、この場所に流れてきた水では栄養不足になっている可能性があるのだ。
「でも、そうなるとフェロンの生食は危険かもしれないわね」
牡蠣と同じならば生食による食中毒の心配はある。
コウジに使う芯は包まれているから影響を受けない可能性はあるが、一度しっかり調べておきたい。
「とりあえず、フェロンをダイアに持って帰って調べてもかまわないかい?」
「アイラの領でか? 他の者の提案ならば断わっていたのじゃが、そなたならば良いじゃろう。もともと、この領で独占しようとは思っておらんしのぅ」
「ありがとうございますフラウ様」
アイラにはフェロンの幼体と洞窟で育った成体をサンプルとして数個持たせてくれることで話が纏まった。
「あと、それからプリンの事なんだけど……」
私はプリンから時々出る過去の話をするような発言と価値観のズレのようなものをフラウに相談した。
「うむ。それはクライネと言う存在について話さなけばならんな」
「種族的な話ってこと?」
「まぁ、そうじゃな。前にも言ったが、クライネは一つなのじゃ」
「個人って考えがないのよね」
「考えが無いと言うよりも、クライネは全て繋がっておる。複数いるようでも、存在としては一人なのじゃ。そして、それは過去のクライネとも同じようにつながっているのじゃ。あやつらは生まれた時より同じ意識の流れの中で生きておる」
フラウに説明されるが、うまくイメージできない。
困惑する私にフラウが笑って答える。
「つまり過去にクライネに起きたことも全部覚えているということじゃ」
「それは大変ね」
「その能力の都合上、クライネは感情が薄い。特に人を恨んだり嫌ったりと言う感情がほとんど無いのじゃ。ゆえに昔のクライネは酷使されていたのじゃ。与えられた理不尽な要求も嫌がらずに行い、文句も言わん。良いように使いつぶされる存在じゃ」
「それは……」
酷いと思う。
しかし、当のクライネはそれを酷いと思っていない。
反抗もしないし逃げたりもしない。
「じゃがな、数十年に一度、クライネの中で変わる時期があるのじゃ。女王の誕生じゃ。女王の価値観でクライネ全体の価値観が上書きされるのじゃ」
「そうなの……って、ちょっと待ってそれって……」
女王という存在。
他のクライネより大きく、クライネよりも疑問と考えを持っている存在。
「気づいた様じゃな。プリンこそが全てのクライネの考え方を更新する女王じゃ」
「ちょっと、そういうことは早く言ってよ!」
気軽に預けられた相手の重要さに、私は変な事を教えてないか必死で今までの事を思い出そうとした。




