69 エントの村
「うわー、この瞬間が好きなの。やっぱり綺麗ねー」
ゴウオウで村民を驚かせないために、手前の森で降りてエントの村に向かう。
海に向かう道を進んで行くと訪れる、木々の先に海が現れるこの瞬間が私は好きだ。
エントの村は入り江に並ぶ小さな漁村だった。
浜辺には十艘に満たない船が引き上げられていて、使用した網の点検をしている人や傍で焚火に当たる人たちが見える。
近づくにつれ、開かれた魚が天日で干されているのが見えて、私は喉を鳴らした。
「おいしそう……」
「食堂を探して食べようか」
「ぐふふ。滴る油が目に浮かぶようね」
「ルキラは干物を食べた事あるの?」
「ぐふっ……ありませんわ」
「じゃあ、楽しみだね」
漁村の中で食堂を探す。
そこは食堂と言うより、地域の皆でまとまってご飯を食べる場所と言った雰囲気だった。
先客の村民は、私たちが来たことに驚いた後、よそ者を見るような目をしていた。
「なんとも不躾な視線だね」
「小さな村が閉鎖的なのは仕方ないわ、アイラ」
よそ者として見ていると言っても敵意があるのではなく、警戒されている感じだ。
すると、給仕の女性が近寄ってきた。
「いらっしゃい。何か食べますか?」
「干物を焼いたものをお願いします。それから生で食べられる魚はありますか?」
「生ですか! はい、ありますが……本当にお食べになるんですか?」
「私は……アイラ達はどうする?」
「ノチアと同じものを食べるよ」
「では、出来たらお持ちします」
給仕の人が奥に引っ込むと、ヒソヒソとした声が聞こえる。
おそらく私の注文に関しての話のようだが、内容は良く聞き取れない。
ルキラとアイラに私の注文について聞いてみる。
「ねぇ、もしかして魚を生で食べるのは変かしら?」
「そうだね。川で取る魚は焼いて食べるのが普通かな?」
「それはそうね」
生で食べるには何より衛生的で、鮮度を保つための調理技術も必要だ。
ただ新鮮だからと言うだけじゃない丁寧な下処理がされているのだろう。
「お待たせしました」
まずは刺身が盛られた皿が目の前に来る。
醤油は無いようで、塩が添えられている。
私は卓の上に置かれたお箸を取って、添えられた塩を付けて口に入れる。
「――っ、美味し~」
本当に久しぶりに食べた、生魚に身震いする。
ふと気が付くと、アイラやルキラだけじゃなく、周りの人も給仕の人も私を見つめていた。
「あの……私の行動、何か可笑しかったですか?」
「ああ! いいえ、とても上手にお箸を使うので驚いたのです。それにそこまで美味しそうに食べていただいたので驚きました」
「よう! ねぇちゃん、良い食べっぷりだね~。俺にも一品おごらせてくれよ」
私の食べる姿がそんなに良かったのか、周りの空気が一気に暖かいものに変わった。
「本当にノチアにはいつも驚かされるよ」
「ぐふふ。無自覚に魅了をバラ撒くものね」
「そんなことないわよ」
そう話していると、焼いた干物が出てくる。
魚だけだと思ったが、タコのようなイカのようなものまである。
私は頼んではいないので、恐らくさっきのお客の奢りの品だろう。
お箸を干物に当てれば、じゅわりと油があふれでる。
身をほぐし口の中に入れれば、魚の旨味とほのかな炭の香りが広がった。
「はぁー。これも美味しい~。本当に素敵ね~」
私がとろけた顔で呟くと笑いが起きた。
和やかで楽しい時間だ。
(これはフラウにも食べさせたいなー)
美味いのじゃ、と言いながら食べるフラウの姿が浮かんで、そんな事を思った。
続いてこの……。
「すみません。これはなんて名前なんですか?」
「それはタコイカといいます」
(タコイカ? あっ、足が九本なんだ。……って、それでタコイカ? 名付けたのは転生者だったりするのかな?)
タコイカをモシャモシャ食べている内に、私の中で料理対決のメニューの考えかたが変わった。
勝つことも必要だけど、何よりフラウに喜んでもらいたいと思ったのだ。
(それなら、ラーメンよりうどんが良いわね。まだフラウのうどんはカツオの出汁じゃないし、カツオと昆布で出汁を取ったうどんの味を教えてあげたいものね)
タコイカも食べさせてあげたい。
それなら野菜料理で、タコイカと野菜のかき揚げを入れたうどんにしよう。
肉料理は刺身……は無理だけど日干しを焼けば十分だ。
ラーメン以外はまだ下手な私だけど、この二つなら上手く作れてフラウも喜んでくれそうだ。
「はぁー。美味しかった。ご馳走様ー」
私が食べ終わると、なぜか拍手が起こった。
「ありがとよ! そこまで美味そうに食べてもらえると漁師として鼻が高いぜ」
「ああ、まったくだ。何よりの賞賛だな」
お昼が終わった後も、この出来事はすぐに村中を駆け巡ったようで、みんな好意的に接してくれた。
魚醤や鰹や昆布も手に入れることが出来た。
あとはデザートを考えるだけだ。




