52 朝の食事の前
夜明け前、まだ暗いうちに部屋を出ると、廊下で母様が待っていた。
そのまま母様の部屋に入り、ルーナとソラーレの寝顔を見て髪を撫でる。
「気を付けて行くのよ。くれぐれも無理はしないでね」
「大丈夫、母様。空の事は全部ゴウオウに任せてるし、危険なことはしないわ」
すでに呼んでいたゴウオウが真っ暗な空から音もなく舞い降りる。
今回は、ドラゴンの警戒を避けるために、暗いうちにダイアに向かい、集合場所の森に行ってしまうつもりだ。
月の出ていない今日はまさに打って付けだ。
母様に見送られながら飛び立つ。
空から見る町の明かりはまばらで、松明を持つ騎士達が見えるが、向こうからはこちらは見えていないようだ。
「暗いけど、方向はわかるよね」
「問題無いよん」
「これなら居たとしても、ドラゴンには見つからないわね」
星のおかげで上下はわかるが、目が暗闇に慣れても、山のシルエットがうっすらわかる程度の明るさしかない。
そこを高速で飛ぶゴウオウなら、見つかる可能性はまず無いだろう。
「そもそも、この暗さじゃ飛ぶことも出来なさそうだけどね」
しばらく進んでいると、真っ暗だった空が白く染まり始める。
日の出前のわずかな時間だけ見れる光のグラデーション。
「気持ちが良いじゃんねー。ノチア」
「そうだね」
ゴウオウと飛んでいると、時々すごく気持ちがいい時がある。
何もかも忘れて飛んでいたい、そんな気持ちに……。
私は目を瞑り、胸いっぱいに早朝の空気を吸い込んだ。
そして、目を開けて周囲を確認する。
「よし。ドラゴンはいないね」
すっかり日が出てしまったが、時間帯がズレている事もあって、ドラゴンに遭遇することなく、無事に集合場所に着くことが出来た。
あとは、アイラが来るのを待つだけだ。
母様に持たせてもらった朝食のサンドイッチを食べながらアイラを待っていると、人の近づいてくる気配がした。
「アイ……」
「ついにお会いできましたね。白銀の竜騎士」
言葉を出しかけて慌てて飲み込むとフードを被る。
そこに立っていたのは、アイラではなくデュークだった。
「いや、ノチア嬢とお呼びした方が良いかな?」
「ノチア? 知らない人ですね」
私はごまかすために精一杯に声を変えて話す。
(どうしてバレたのー!)
「なぜ場所がわかったか聞きたそうですね。それは臆病な陸竜を……」
「ド・ラ・ゴ・ン! あんなのを竜などと呼んで欲しくないよん」
「臆病な陸ドラゴンを地上に配置していました。竜の気配を感じ取り避けようとするので、その習性を利用して逆に位置を絞り込んでいきました」
『ごめんノチア。気配は消してたけど、ドラゴンの本能まではごまかせなかったみたいだよん』
(ここは逃げの一手ね)
ゴウオウに私が乗ろうとするのを見て、デュークが焦ったように止める。
「逃げないでください! 次はラウメで張り込みますよ」
「脅し?」
デュークの物言いに私は歯噛みする。
このまま振り切って、ゴウオウに乗らなければそれでも大丈夫だろうが、そんな事は出来そうにない。
「正体不明のまま上空で撒かれる者の気持ちも考えてください。ちゃんと話を通せばいいだけでしょう?」
「うっ!」
それを言われるとそうなのだが、誰だって面倒ごとは避けたいと思うものだ。
ラウメからドールまでなら問題ないのだ。
つまり、王国中央に近そうな竜騎士のデュークが悪いのだ。
私は悪くないと一人で納得していると、そこにアイラが来る。
目を見開いているのでアイラもびっくりしているのだろう。
「デューク様、これはどういう状況なのですか?」
「ノチア嬢を説得している所です」
アイラが私に目を向ける。
おそらくいろいろと思考を巡らせているのだろう。
「そちらの方はノチア嬢には見えませんわね。それより、デューク様はそちらの方の素性を知っていかがいたしたいの? まさか白銀の竜の力を手に入れられるとお思いかしら?」
「滅相もない。私のような矮小の人間が、竜を手に入れようなど恐れ多いです。私は筋を通したいだけです」
「王に真実を報告したいと?」
アイラの声色が一段落ちる。
こちらの譲れない一線を引いたのだ。
「……意思疎通が図れる事を証明できれば十分です。竜は人よりも聡明と言います。我々に敵意が無い事をわかっていただいた上で、交流を持っていただければ《《王国としては》》十分です」
「それならば王国は竜と《《だけ》》交流を持てればよろしいのね。竜が《《気まぐれ》》に人を乗せることがあっても、それはあずかり知らぬ事でしょう?」
「そうですね。そのような事態があっても、《《私個人》》の興味に留めるとお誓いいたします」
「では、もはや警戒は必要ないようね」
「……そのようですね」
沈黙と共に二人が頷いた。
良くわからないが話がついたようだ。
「それだはデューク様、竜の気まぐれによって私達は空の散歩に出ますが、よろしいかしら?」
「竜はどちらに行くと予想されますか?」
「それは竜のみぞ知ることでしてよ。ただ、偶然ドールで交流の場が持てるかもしれないわね」
「ならば、偶然のために準備をいたしましょう」
アイラが私に近づいて来て「もう良いわよ」と耳打ちをする。
それを聞いた私はゴウオウに乗り、アイラを連れて空へと舞い上がった。
一時はどうなるかと思ったが、いい結果になったのだろう。
これで気兼ねなく空が飛べそうだ。




