50 包み込む青
「出来た。ラーメンの麺よ! 本当に完成したんだわ。ありがとうルキラ!」
「ノっ、ノチア様っ!」
嬉しさのあまりルキラを抱きしめてしまったが、それも仕方がない事だ。
念願の麺を手に入れたのだ。
何年も追い求めていたものが目の前にある喜びを、押さえることなんて出来るわけがない。
もはや、頭の中はラーメン一色だ。
「まずはテスラさんに鶏ガラのスープを作ってもらわなきゃ、そうだわ、アイラも呼ぼう。醤油味のポーション用意しなきゃ。やっぱり器は丼よね。ああー、お箸も欲しいわね。どうしましょう、やることがいっぱいだわ」
「あのっ……ノチア……様……」
「ああ! ごめんなさいルキラ」
「あっ!」
私はルキラを抱きしめたままで考えに耽ってしまっていた。
強く抱きしめてしまったのか、ルキラの顔が赤くなっている。
苦しかったのか、背中に回されたルキラの手が強く私の服を掴んでいた。
「ごめんなさい。強く抱きしめ過ぎていたのね」
「ふえ! 違います。もっと強くても……いえ、そうじゃなく。あっ、いえ……ぐふふ。気にしないで、力の暴走など日常茶飯事よ……」
私は手を必死に振るルキラを落ち着かせて椅子に座らせる。
「ぐふふ。それで、ノチア様の導きはどこなのかしら?」
「そうね。まずはラウメに帰らないと」
「そんな! せっかく仲良くなったのにお別れなんてあんまりですわ。なにかドールに至らない点がありましたの?」
私の帰る発言を聞いてルキラが涙目になる。
「ああ、違うの。ドールが嫌になったとかそういうことじゃなくて、ラーメンを完成させるために必要なものを集めに行きたいだけなの」
「でも、せっかく遥々来てくださったのに、すぐに帰られるなんて……ぐふふ。次に相まみえるのは二十日以上先なのね。時間短縮の力を持ったとしても永遠に等しい長さ」
「ああ、そのことなら大丈夫よ! 手紙にも書いたけど、ゴウオウに乗ってくれば一日で行って帰ってこられるの」
その話を聞いてルキラが瞬きをする。
「あの手紙は本当だったのですか? 私はてっきり冒険好きの私にノチア様が合わせてくださっていただけなのだとばかり……」
「そうねー。見せた方が早いかしら。ゴウオウを呼べる場所って近くにある?」
「ぐふふ。ならば我が秘密の空間に案内するとしましょうか」
そう言ってルキラに案内してもらったのは、館の裏口から隠し扉で塀の外に出た先の林の中だった。
茂みが適度に刈り入れられていて見晴らし良く、人が近づいて来てもすぐにわかりな場所だ。
まだ時間は昼を少し回ったくらいだったが、ここなら問題なさそうなのでゴウオウを呼ぶ。
すると、すぐにゴウオウの気配が近づいてきた。
「ノチアー、呼んだ?」
「ゴウオウ、急にごめんなさい」
「構わないよん」
「これがゴウオウ様なのですね! ぐふふ。我が魔の波動も飲み込むほどの荘厳なお姿ね」
「大丈夫、魔の波動なんて出てないよん」
「……そっ、そうですわね」
私は横に降りたったゴウオウを労って体を撫でる。
振り向くと、ルキラが跪いて祈るようにこちらを見ていた。
その仕草が最初にゴウオウに会った時のアイラと同じで思わず笑ってしまう。
「そうだ。ルキラもゴウオウに乗ってみない?」
「ゴウオウ様に! ダメよ! 純白なゴウオウ様にこんな髪色の私が乗るなんて恐れ多いわ」
「もう! コンプレックスなのはわかるけど、私なんかなんて言う考えはダメでしょ。ゴウオウも私も髪色なんて気にしたりしないんだから」
「気にしないよん」
それでもルキラには迷いがあるようで「ですが……」となかなか動いてはくれない。
家族と打ち解けられても、長年の劣等感はそう簡単には消えないようだ。
なんとか、ルキラには自分に自信を持ってもらいたい。
そこで私は一計を投じることにした。
「そうだルキラ。海を見た事ある?」
「……小さい時に父に連れられて一度だけあります。その後は……その、あまり外出しなくなってしまったので」
「じゃあ、天気も良いし行きましょう」
私は跪くルキラに手を差し出して立ち上がらせる。
そして、そのまま姿勢を低くしたゴウオウにルキラを導く。
「さあ、乗って乗って」
「さあ、乗った乗っただよん」
「……不束者ですがよろしくお願いいたしますわ」
ゴウオウと二人で困惑するルキラを強引に乗せたら飛び上がる。
勢いでルキラが声を出しかけるが、口を手で押さえて我慢していた。
声で周りにバレる事を気にしてくれたのだろう。
そういうところで、ルキラの芯は強さが見える。
「さあ、海に行こう」
私の掛け声でゴウオウの高度が一気に上がって、視界の先に海が見える。
「綺麗……」
「でしょ!」
ルキラが感動している間にも海は近づき、いつの間にか視界が海で覆いつくされる。
気が付けば陸を離れて、海のど真ん中だ。
雲一つない晴天の中で、空と海の境界線が淡く滲む。
そして、世界が青一色に染まった。
良く見れば、遠くではイルカのような生物が水面から跳ねる姿が見える。
「ルキラ見て、海も空もルキラと同じ色で綺麗でしょ?」
「これが私の色……深くて吸い込まれてしまいそう。ちょっとドキドキするけど、それ以上に凄く……凄く綺麗で……っ、ごめんなさい」
ルキラの瞳から涙が零れる。
私はそれを軽く拭った。
「ルキラ、世界にはいろいろな色があるの。そして、ルキラの色だって世界の大切な一部なのよ」
「……私の色が世界の一部……」
ルキラが眼下の海をもう一度見下ろす。
命を宿すような深い藍色が光を反射して輝いている。
「本当に綺麗……」
人の中にある黒に対する忌避感は消えない。
それでも、ルキラが少しでも自分の髪の色を好きになってくれたらいい。
そんな風に思いながら、ひとしきり海の上を飛んで私たちは館に帰った。
「ノチア様、ダイアのアイラ様をお呼びしたいのでしたら、私が父にアイラ様を招く手紙をすでに書いてお送りしているとお伝えします。ノチア様はダイアに行ってアイラ様が馬車を手配するように伝えてください」
館に帰った後、これからの事を話し合うと、ルキラが積極的に今後の事を提案してくれた。
なんだか、何かが吹っ切れたように感じるのは、私がそうであったら良いと思っているからだろうか。
海を見た事で、ルキラの中で何かが変わってくれたのならとても嬉しい。
私もルキラのお言葉に甘えて、今日中にダイアに寄ってアイラに話を通し、ラウメまで戻るための用意をする。
……っと言っても、荷物は今回も食事と水くらいだ。
そして、私が決意したこともある。
それはドールに戻ってきたら、当分はラウメに帰らずにドールで社交とラーメン作りを続けるということだ。
少し前までの私だったら、ラーメンが完成したら一番に家族に食べさせる事を考えていただろう。
もちろん最終的には家族にも食べさせたいが、今はアイラとルキラと一緒にラーメンを完成させたいと思っている。
ラーメンを求めて試行錯誤している内に、いつの間にか私の世界も広がっていたんだと思えた。
「でも、やっぱりルーナとソラーレの顔を見に戻っちゃいそうだけど」




