48 向き合うためには
「ぐふふ。あらがわずに我が開きし真理に身を委ねるのよ」
「これがレシピ? スライム液にこの液体を入れて混ぜるのね?」
「ぐふふ。しばしの静寂を楽しみましょう」
「生地を寝かせるのね?」
ルキラが家族と話し合いをすると決めてから、私とルキラは不安をごまかすためにスライム麺に取り組んでいた。
死んでしまうと液体になって、次第に蒸発して消えてしまうスライムに食感を持たせる方法は、ロスの根、アギの幹・ダワの葉を混ぜて焼いて出た灰汁を解いた液体の上澄み部分を入れるというものだった。
これに気が付いたルキラの努力は計り知れないと思う。
その液体は初めて会った時にルキラが頭から被っていたあの赤い液体で、入れて混ぜると色は透明になるので麺に色が付くことはないと言う。
実際に作ってみて気が付いたが、ルキラはスライム麺にかなり気を使って作っていたようだ。
……っというのも、エリス大森林が近い地域ではスライムと言えば森スライムだが、場所によっては汚いイメージもある。
同じ森スライムでも、場所によって味や風味に違いが出たり毒が混じることもあると言う。
一般的にはまだまだスライムはゲテモノなのだ。
確かに、私もとても興味深かいと思ったが、なぜそこまでしてスライムを食べようと思ったかは気になる。
「それはその……意地になっていたのです。髪の色で人に拒否されるなら、いっその事自分からスライムを食べる変な令嬢になってやろうと思いまして……それでいろいろと試している内に、いつの間にかスライム麺に私がハマってしまったのです」
「もしかして、喋り方も?」
「ええ、わざと悪ぶったセリフを言ってました。それで、なんだか心が強くなった気がして、どんどんと使っている内に癖になってしまってのです。冷静になって思いだすと恥ずかしいのですが、使うと不思議な高揚感がありまして……」
そこでルキラが顔を赤くして手で覆った後、気を取り直すように寝かせていたスライム生地を取る。
「ぐふふ。さあ、この塊を深き水底へと沈め清めた後に、何度も捻じっては打ち付け罪を刻みながら細く伸ばしていきます。そして、最後に地獄の熱を呼び起こしたこの湯に落とせば……出来上がりです」
そう言ってルキラが麺を湯から出すと、ラーメンより細くて透明な麺が出来上がっていた。
するとそこに、タイミングよくノックの音が響く。
扉を開けるとヒューリが立っていた。
伯爵と話し合う場が整ったようだ。
ルキラが覚悟したように扉へと進む。
私は、同時に仕込んでおいた鶏の出汁の塩味のスープの火を止め、ヒューリに合図を送ってメイドに指示を出してもらう。
そして、それを見送るとルキラを追いかけて手を握った。
驚いてルキラが私を見るので、頷いて返すと、緊張した顔が少し綻んだ。
廊下を進み、執事らしき人物が扉を開けると、すでにルキラの両親とおそらく長男のイスリ様と思われる方が中で待っていた。
「会いたかったぞルキラ。もうずいぶんと会っていないような気がするな」
「あなた、三日前にも会ったではありませんか」
「三日も会っていなかったではないか」
私はそのやり取りを見ただけで肩の力が抜けた。
伯爵の目には深い愛情が見て取れたのだ。
しかし、そう思って私がルキラに目を向けると、ルキラは下を向いたまま暗い顔をしていた。
そして、ルキラのこぼした言葉が耳を打った。
「……私と食事したことも覚えても下さってないのね」
「違うはルキラ、落ち着いて!」
とっさに手を握ったが、ルキラの手は酷く冷たくなっていた。
「ノチア嬢から聞いたぞ、婚約を考えているようだな。婚約すること自体は喜ばしい事だが、一人で決めようとしたないで相談して欲しかったぞ?」
「……申し訳ありません」
不味いと思った。
伯爵はルキラに寄り添おうとしている。
しかし、自分に自信がなく人見知りで余裕のないルキラには、伯爵の「喜ばしい」や「相談して欲しい」がマイナスに受け取られているように感じる。
せめてルキラが伯爵を見なければ始まらない。
私の焦りを夫人も感じたようで、伯爵の袖を引っ張った。
わずかに空気が緊張する。
すると、そこに遅れてヒューリが入ってきた。
私がヒューリに視線を向けると、頷いて伯爵の方を向く。
「実は今、ルキラが作った料理を用意させています。こちらに運び込んでもよろしいでしょうか父上」
「なに! ルキラの手料理か。早く運び込んでくれ!」
「えっ⁉ ノチア!」
ルキラが私に非難めいた目を向けた。
私はそれを黙って受け止める。
ルキラは自分のスライム麺が出ると気づき、必死に止めようとなんとか言葉を続けようとした。
しかし、テーブルに私のスープに入ったスライム麺が用意される。
「私とルキラの力作です。どうかご賞味ください」
「あああ……だめ! それはスライムの麺なのです!」
ルキラが祈るように叫ぶ。
しかし、次に聞こえてきたのは、伯爵の派手に啜った音だった。
ズルズルズル!
「うん。美味い。これは美味いぞルキラ! 凄いじゃないか」
その時、初めてルキラが真っすぐに伯爵を見た。
そして、伯爵の笑顔を見て、目に涙を浮かべる。
(もう大丈夫みたいね)
その後の話し合いはスムーズだったが、スムーズじゃなかった。
胸の内を涙ながらに語ったルキラの言葉に夫人も涙し、伯爵はガストルに怒りをあらわにした。
終わってみれば、ルキラの中にあった家族に対する溝はなくなっていた。
「ありがとうノチア様。私はノチア様に会えたことを女神に感謝します」
話し合いの中で、離れからも出ることになったルキラと別館での最後の夜を過ごすことになった。
一緒に寝たいというルキラの願いで一緒にベットに入ったが、その夜はそのまま遅くまでルキラと話し続けた。




