47 必要な時間のために
「ヒューリ様、一体全体これはどういうことなんですか!」
「すみませんノチア嬢。まずは落ち着いてください。話は聞きますから」
「落ち着いてなんていられませんわ。こちらの釣書をご覧ください!」
次の日に、私はルキラの婚約の話をヒューリに問い詰めた。
もしかしたら、ルキラがお歳を召した方が好みである可能性もあったので、直接は聞けなかったからだ。
釣書を開けて、中を見たヒューリが顔をしかめた。
「妹が枯れ専とは聞いた事はないですね。それよりダボカ子爵なのが気になります。ダボカ子爵はガストル派の領地です。わざわざ妹と婚約するメリットはないはずです。ノチア様はガストルとドール《うち》の関係は知っていますか?」
「元は一つの領地だった事と、揉めた末に二つの領地に分けられた事くらいなら……」
「そうです。そして、分れた後も両領地の間の確執は消えてはいない。今もうちの領地の貿易品を王都に運ぶ際には、相場より高い通行料を要求されているます。……ですので、これは……」
ヒューリが事態を理解したのか、顔を手で覆った。
わずかに見える瞳には怒りが浮かんでいることがわかる。
「これはドールに対する嫌がらせでしょう。ラウメ、ダイアとの合同事業が相当に気に入らなかったという事です。思えば、昨日の舞踏会でノチア嬢に不快な思いをさせた者も、同じガストル派の人間でした。……舐められたものですね」
その話を聞いて、私も頭に来た。
それでは嫁いだところで、ルキラに明るい未来がないことは明らかだ。
しかも、向こうの怒りの理由は、ポーション製作にアージュ豆を使用するようになった事で、育成してる軍馬に与える飼料の価格が上がったという理不尽な理由だ。
「大方、受けなければ通行料を上げるなどの脅しを妹にしたのでしょう。どうやったかはわかりませんが、妹の周りに人を付けなかった隙を利用されたのは間違いないでしょう」
「一度、伯爵様も含めてルキラ様とご家族はしっかりと話をさえた方が良いと存じます。これでは誰も幸せにはなりません」
実際問題、ダイアやラウメが緩いだけで、貴族である以上、恋愛結婚ができるとは限らない。
釣書など無しに親の決めた相手と婚約することだって普通にあるはずだ。
事実、私の釣書も父様によってある程度の人間は弾かれていたようだし。
しかし、お互いの気持ちを勘違いしたままに、望まない婚約をしたところで誰一人幸せになんてならない。
少なくともヒューリはルキラの事を本気で考えてくれているし、ルキラが犠牲にならない方法は話し合えるはずだ。
「私からもルキラに話してみる。このままじゃダメです。絶対」
「ああ、父上には私から話すから、妹の方はよろしくお願いするよ」
私はルキラに家族とちゃんと話すように伝えるべく、別館に戻った。
「あああー。沈まって! 私の右腕ぇーーーー」
「ルキラ様! いかがいたしましたの!」
「ふぇっ! ノチア様! 違うのです。あのこれは」
心配する私に「違うのです! とにかく違うのです」と必死に取り繕っていた。
なぜか理由を話したがらないので、今の私では聞き出せないだろうと諦めることにして、ヒューリにルキラが婚約しようとしている事を話したと伝えてまずは謝った。
「それは……」
「ごめんなさい。私が勝手な判断でルキラの覚悟を踏みにじったわ。好きなだけ罵ってくれてもかまわないわ」
「ううん。ありがとうノチア。自分では怖くて切り出せなかったもの」
「怖い? どうして?」
「ノチアは私の髪の色をどう思う?」
「とても綺麗で素敵な色だわ」
そういうと、ルキラは目を丸くした。
「ノチアは不思議な人ね。……そうね、今でこそ私も慣れたけど、私自身ですら私の髪の色は苦手だったのよ?」
「ああ……」
そこで思い当ったのが、この世界の黒への忌避感だ。
女神様が純白なのもそうだが、凶悪な魔物は黒が多いのだ。
夜に明かりが常にあるわけないこの世界は暗闇を恐れ、黒を恐れるのだ。
ルキラの髪は濃い紺色。
黒ではないにしても、人によっては嫌な顔をするのだろう。
それを考えると、舞踏会に出ようとしていたルキラの覚悟は驚くべきものだ。
今の両領地の関係を考えれば、確実に嫌な言葉を投げつけられるはずだ。
だとしたら……。
「それでも両親に相談できなかったのは、否定されたら耐えられなかったからなの?」
ルキラは素直に頷いて涙を流した。
「本当は話したかった。でも、もし『領地のためなら仕方ない』って言われてしまったらと思うと私……」
気が付いたらルキラを抱きしめていた。
「ノチア、家族と話し合う時に一緒に来てくれる?」
「もちろん! ルキラのために何でもするって言ったでしょ!」
その後は、ルキラと一緒にご飯を作って食べた。
ルキラの不安を払うために平気なふりをしていたけれど私の中で、信じきれない前世の私が静かに震えていた。




