4 食材に向き合う
ラーメン、もというどんのスープを作ると決めてから、私は自分がいかに無知だったのかを、さらに思い知らされていた。
家族とご飯を食べられるだけで満足し、ラーメンを加護で得られると考えていた自分の、なんと浅はかな事か。
この世界は前世と同じようでいて少し違う。
そんな当たり前のことを、我が家のメイドのケイシーさんが用意してくれた食材を前にしてようやく理解していた。
思い返してみれば、毎日食べる朝食に出るサラダも、見たことのない野菜ばかりだった。
「このキャベツ⋯⋯辛いわ。大根みたいな味」
「ロスティアの実です。お嬢様」
「この人参は⋯⋯カカオの味?」
「ツパレッサの角です。お嬢様」
「⋯⋯野菜ですらないのね」
「お嬢様はまず食材の名前から学ばれた方がよろしいかと」
安い給金で館の殆ど仕事をやってくれているケイシーさん。
我が家に無くてはならない存在だけど、無表情で淡々と告げられると、少し傷つく。
〝剣聖〟と〝魔導王〟がいくら料理人に至るための加護だって、食材の知識が埋められる訳では無い。
調理される前の食材を一つ一つ味わって研究すればなんとかなる。
そんな風に思っていた私は、あまりの道の険しさに目眩を起こしていた。
私の無けなしのレシピは、もはや風前の灯火だ。
「カツオ節や昆布は無いから、野菜で出汁を取ろうと思ってたのに、普通の人参やネギがこんなにも遠い存在だったなんて⋯⋯」
内陸の領地で魚介出汁はハードルが高いと、野菜出汁のスープを作ろうとしたのに、見た目と味が一致しない。
この世界での食材の知識が、こんなにも求められるとは想像もしていなかった。
下手をしたらカツオも昆布も、実際の姿形がまるで違うかもしれない。
「まさか、小麦まで! ううん。パンはこの世界でもパンだったもの大丈夫よ。麺がうどんにしかならない事には別で理由があるはずよ。今はスープのことだけ考えるのよノチア」
もはや、自分を騙すように言い聞かせるしかない。
私の前世のラーメンの知識など、元々あって無いようなもの。
なけなしのレシピなど無くなった所で痛くも痒くもないのだ。
⋯⋯途方にくれるほど悲しいけど。
「私にはまだ舌と記憶があるもの、なんとかなるわ。それに前世でもクジラのお肉とか、庶民には手に入らない食材がスープに使われていたじゃない!」
そういって私は別の食材を口にする。
「!? この見た目。味、食感、これは間違いなくクジラのお肉だわ!!!」
「⋯⋯それは椎茸です。お嬢様」
食材は違っても、見つけていくことは出来る。
私の心に宿った情熱はまだまだ消えたりはしない。
——そして、私は町に繰り出した。
館で食材を眺めているだけでは料理は完成しない。
スープはいつだった現場で出来ているのだ。
館の厨房は、領主というだけあって充実していた。
しかし、誰にでも手に入る食材でスープを作ってこそのラーメンなのだ。
⋯⋯まだ、うどんだが。
領地の開拓を手伝っていた時、私は農民の皆がスープを飲んでいたのを知っている。
領主の娘である私が飲んでしまっては、皆の分が減ってしまうと遠慮をしていたが、今日という今日は覚悟してもらうしかない。
「お嬢、今日も畑の手入れですか?」
「それもあるけど、今日はひと味違うわ。スープに会いに来たのよ」
「スープですか? 俺ン家で作ってきますか?」
「新たなスープはいらないわ。それより畑の手入れをしましょう。子爵家令嬢として何もしないでスープを飲むことは出来ないもの!」
「? そうですね?」
私はエドガーからマイ鍬を受け取って土に突き立てる。
今日も〝剣聖〟の加護は調子がいい。
それもそうだ、食材から作ってこその料理人なのだから。
一汗も二汗も流した後、待望のスープが現れた。
私は列に並んでスープを受け取ると静かにそれを見つめる。
材料を聞くのは後だ。
まずは自分の舌と目で確認するのだ。
「湯気は立っていないわね」
別の所で煮込んできたのかスープは常温で、予想に反して匂いがあまりしない。
具の浮かんでいない白濁した液体を、私はゆっくりと喉に流し込む。
「⋯⋯?⋯⋯!」
「はぁー、美味い。疲れた体に染み渡りますねー。って、どうしたんですか、お嬢!」
仄かな酸味をはらんだ塩味。
汗をかいた体に染み渡る水分。
それは前世でいうところのスポーツ飲料の味だった。
美味しいよ。
でも、そうじゃないの。
全力で否定できない美味しさに、私はどんな顔をして良いのかわからず固まる。
それでも、なんとか正気を取り戻してエドガーに食材の詳細を聞く。
「これはルングの実の搾り汁ですよ。お嬢」
開拓が進んでいるとは言え、まだ畑が足りない現在。
この領地を支える食材は、ほとんどが森の恵みだと言う。
これもその恵みなのだ。
「ポカ◯味のうどんは嫌よね⋯⋯」
私は、泣きそうな気持ちを押さえて、スープへの期待が違ったことをエドガーに伝えた。
スープを作りたい旨を理解したのか、エドガーが山に生えたキノコでスープを作ったらどうかと提案してくれる。
「収穫祭にはキノコのスープを出す予定なんです。今度キノコを採取する際に、お嬢も来るというのはどうでしょう?」
「キノコのスープ。いいわね、最高だわ!」
うどんにキノコのスープなら美味しいことは確定している。
私はキノコの採取に同行していいか父様に尋ねるために館に戻った。
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