35 目指すは日帰り
「やっと普通に切れるようになったわ」
問題を先送りにして私は料理にいそしんでいた。
〝剣聖〟の加護をもってしても、私の料理オンチはなかなか治らず、食材をただ切るだけで二年もかかってしまった。
テスラがウチのメイドになってくれたお陰で、スープの研究も進んでいて、我が家のスープのバリエーションと出汁の効いた味はちょっとした自慢だ。
食堂で朝食を家族で取っていると母様が尋ねてきた。
「ノチア。そういえば、ドール領から社交のお誘いが来たわ。いつ行くのかしら?」
母様は嫌味ではなく純粋に疑問を投げかけている。
そろそろ、本当にいかなければならないと思う。
「ねぇしゃまどこかいくのー?」
「ソラもつれてってー」
「駄目よ? ルーナとソラールは母様とお留守番よ」
「ヤダー。ねぇしゃまいっちゃヤダー」
「いかないでー」
私が離れると聞いてみるみる曇っていく二人の顔に、申し訳ないと思いながらも嬉しさも感じてしまう。
母様が二人に言い聞かせるがシクシクと泣きだしてしまった。
私だって同じだ。
一秒だって二人と離れたくはない。
「大丈夫よ。姉さまはビューンっと行ってビューンとすぐ帰ってくるから、お土産いっぱい買ってくるわ。二人は楽しみにしてて」
「すぐかえってくる?」
「もちろん」
「ノチアそんな約束しても⋯⋯」
「大丈夫、父様。私にまかせて!」
なんとか泣きじゃくる二人を宥めて私は決意を固める。
この難題に突破する方法があるとすれば、それはゴウオウに協力してもらうほかないだろう。
断られる可能性もあるが、二人の笑顔の為なら私はきっと何でも出来る。
次の日、さっそくゴウオウの元に向かう。
パスが繋がっているのでゴウオウの位置はわかるし、向うも私の動きがわかるだろう。
なんだかんだで久しぶりに合うのと、合う場所がエリス大森林の奥なので、念のためにテスラさんにも来てもらっている。
「冒険者やってて思ったんすけど、ラウメ領は魔獣の被害が少ないっすよね。やっぱゴウオウのおかげなんすかね?」
「確かに昔はもっと頻繁に父様と騎士団が出てた気がするわね」
「ノチアっちがゴウオウと移動したら、魔獣が戻ってきそうで心配っす」
「すぐに帰ってくるつもりだけど、確かにゴウオウにちゃんと聞いた方がいいかも」
そんな事を話し合いながら歩いていると、デッカの工房に着く。
ここから森に入るのが入りやすいし、ゴウオウに合うのならデッカにも話しておいたほうが良いと思ったからだ。
「何してるんじゃ、アヌラ! もっと腰を入れて打たんか!」
「はい! 親方!」
ガキン、ガキンと小気味よい、鉄を叩く音が響く。
工房に着くと、いつかの聖剣騒ぎでゴネていた男がデッカと一緒に槌を振るっていた。
(あっ、忘れてた。デッカに鍛えてもらってたけど、そのまま弟子入りしちゃったみたいね)
アヌラと呼ばれた男は、槌を振るう姿は前の文官の様な弱弱しさはなく、すっかり職人の顔になっていた。
筋肉もついて、体つきもがっしりしているので、一瞬別人かと思ったほどだ。
「って、何やってんだこのバカ!」
「ひぃー。すっ、すいません」
⋯⋯ナヨナヨした所はまだ残っているようだが。
「デッカー! これからゴウオウのところに行こうと思ってるんだけどー」
丁度いいタイムングで覗き込んで声をかける。
「ノチアか! まったく全然来やがらねぇから、どうしたかと思ったじゃねぇか」
「まあ、いろいろ忙しくてね」
「弟妹にデレデレしてただけっすよね」
テスラさんの冷ややかな突っ込みに内心で汗をかいていると、デッカが三本の剣を持ってきた。
「こいつがゴウオウの鱗で打った真ゴウダン剣じゃ。やっと渡せるわい。それと、お前さんが来ない間にさらに打った一本。それからこれは⋯⋯」
「親方、それはワタシの打った剣ではないですか!」
「こいつもゴウオウに試してもらう。そんで持って帰ってきたコイツを持って、お前さんも告白してこい!」
「おやっさん!」
なんだか熱い師弟愛を感じる。
私が知らない間に、すっかりデッカも親方になっていたようだ。
(それより、剣を三本も持って行かないと駄目なの? 重くてやだなー)
一瞬、嫌だと思ったが、デッカには中華包丁を作ってもらった恩もある。
仕方がないと諦めて剣を貰って工房を後にした。
一本はテスラさんが持ってくれたので助かった。
「なかなかの業物っすね。高く売れそうっす」
「返すんだからね?」
「わかってるっすよ。ただの感想っす」
そうこうしている間に、ゴウオウの方からも近づいてくる気配を感じる。
そして、強烈な風が拭いてゴウオウが舞い降りてきた。
その姿を見て、私は目を丸くする。
「あれ? ゴウオウ縮んでる!」
そこには人くらいのサイズにまで縮んだゴウオウの姿があった。




