109 聞いてみる?
突如として頭上に現れたゴウオウが、威嚇するように翼を羽ばたかせる。
無遠慮に巻き起こった激しい風が、シアの体を大きく揺らし、その態勢が崩れる。
初めて対峙した時の、木々を飛ばしたあの威嚇だ。
そんな乱暴な行動に、私は怒りよりも困惑を覚える。
ゴウオウは今では私に気を使って、こんな乱暴なことなどした事はなかったのだ。
「ノチア様の竜のゴウオウ様ですね。お会いできて光栄です」
威嚇を一切気にする事なく、シアが嬉しそうな顔を向ける。
「こっちは用なんて無いじゃん。さっさとここからいなくなるじゃんよ!」
「ちょっと、ゴウオウ!」
突き離すもの言いだ。
機嫌の悪さを隠そうともしない尊大な態度。
それは、本来の竜の性質から言えば可笑しなところは無いようで、シアはひるまない。
(機嫌が悪いだけって訳ではないわよね。シルテーリア様のお守りの所為?)
「ノチアもボーっとしてないで、こいつから離れるじゃん!」
「えっ? ――きゃっ」
ゴウオウが私とシアの間に降りたつと、強引に体で引き離そうと押してきた。
完全に油断していた私は、思ったよりも強い勢いによろめいて、後ろに倒れてしまった。
「あっ! ごめんノチア!」
ゴウオウが慌てて私に謝る。
だが、その事で先ほど感じていたゴウオウの圧が霧散する。
「怪我はないじゃん?」
「驚いただけ。それより頭が冷えたようね。いつものゴウオウらしくなかったわよ」
「……ごめんじゃん。なんか感情のコントロールが上手くいかないじゃん」
立ち上がった私の目線より下にゴウオウが顔を下げて寄って来た。
まるで、怒られた後の子供か、捨てられた猫といった様子だ。
竜は長く生きている最強の生物。
どこか余裕のある老齢なイメージが私の中に有ったが、その姿には威厳もなにも存在していない。
「ゴウオウ様、せっかくお見えになられたのです。このままお話ししませんか?」
「ノチアとなら話したいじゃん」
「ゴウオウ!」
「それで構いません。ノチア、ゴウオウ様に聞きたいこととか無いのですか?」
シアがことさらに明るくゴウオウに語り掛ける。
おそらく、私とゴウオウの仲を気づかっての提案だろう。
私を見るゴウオウの目は「何でも聞いて!」と物語っている。
「よく考えたら、ゴウオウの事を深く聞いたことなかったね。嫌じゃなかったら教えてくれる?」
「聞いて! ノチアに知って欲しいじゃん!」
嬉しそうな声に、尻尾を振る子犬のイメージが浮かんで、私は笑ってゴウオウを撫でた。
「そうねー。まずは好きな食べ物とか?」
「竜は基本的に食事しないじゃん? 他の生物を捕食しないから味も感じないじゃんよ」
「ええ! ゴウオウって味覚がないの?」
衝撃の事実だ。
味を感じられないなど、想像も出来ない。
「竜は契約した者の影響を受けるので、契約者の好きな物ならば味わう事も出来る様になるんですよ? 竜の中にはお酒を好んで飲んだり、宝石を集めたりするものもいます」
「本当? でも、例えの好きな物が、急に俗っぽくなったのは気のせい?」
私に影響を受けるのならば、ラーメンが味わえるのだろうか?
ラーメンには色々な味がある。
ぜひ全部食べてゴウオウの感想を聞きてみたいものだ。
ちょっと楽しみだ。
「そういえば、いままで何かを食べている所を見たことなかったわね。ラーメンが食べられるなら言ってくれればいいのに」
「……今はノチアがいるからお腹いっぱいじゃん」
「まさか、私から出る何かを食べているとか?」
「違うじゃん。満たされているって意味じゃんよ!」
満たされているのなら良かった。
それでも、ゴウオウを気にせずに、自分だけが食べていた事実はショックだ。
今までの自分の食事での行動を振り返って自分自身の薄情さに唖然としていると、心の声が聞こえたのか、シアが笑いながら言った。
「竜と契約していると、契約者は竜の気持ちを勝手に汲んでしまうんです。だから、ノチアが薄情なわけではないですよ? おそらく食事の時にゴウオウ様が望んでいたのは、ノチア様が美味しそうに食事をすることだったのでしょう」
「ノチアが美味しそうに食べる姿が見られれば、それで十分じゃん」
ゴウオウは満足というけど、微妙に納得できない。
「ええー。それだけでいいの? 寂しくない?」
「……竜の一生は長いから焦る必要ないじゃん」
「影響が進めば、その内に食べたくなるでしょう。ゆっくり待っても良いのではないですか?」
「そうかなー」
ラーメンの屋台がもっと一般的になればどこでもラーメンを食べられる。
お客さんとして屋台にゴウオウが並ぶ日が来るのだろうか?
その姿を想像して、私は少し可笑しくなって笑ってしまった。
「あとは聞くとすれば……どこで生まれたのとか、両親はどこにいるのとか、かな?」
「両親は知らないじゃん。気づいた時には森の中にいて、体もすでに今と変わらなかったじゃん」
「森では何をしていたの?」
「たまに森の動物のお願いを聞くくらいで、ほとんどボーっと生きてたじゃん。だから、今はノチアと一緒にいて、世界が色づいて見えるじゃん」
「……そう」
話しを聞けば聞くほど竜と言う存在の特殊さに気が付かされる。
しかし、それ以上に胸に引っかかる事がある。
世界が色づくと言っているゴウオウが、私のいなくなった後でどう生きるのか気になってしまった。
(あっ、だから竜は契約者の好きな物を食べたり集めたりするのね)
今は満たされているゴウオウのお腹のすいた時は、私のいなくなった時かもしれない。
浮かんだ冷たい棘に痛みを感じるが、それすらも申し訳ない気持ちになった。
「契約者は後から増やせるの?」
私のその質問にはゴウオウは答えなかった。




