102 屋台の繁盛の秘策
「もう! ノチアちゃん休まなきゃダメよ!」
「でも、急がなきゃ……」
「ダメ! ノチアちゃんは女の子なのよ! こんなにクタクタになって!」
ウーファ領についてシリオスの手紙を渡し、味噌を準備してもらっていると、シリオスの母親のカサンドラ様に捕まってしまった。
カサンドラ様の命令で強制的にお風呂に入れられた私は、メイドたちの巧みなマッサージによって不覚にも眠ってしまった。
三時間後に起こされたが、その時には驚くほど体が軽くなっていた。
「本当はもっとゆっくり寝かせてあげたいんだけどね」
「いいえ。とても楽になりました。自分では気が付かなくても疲れていたようです」
「当然よ! 王都から飛び続けてくるなんて……緊急じゃなければ説教をしている所だわ」
カサンドラ様は上位貴族と言うだけあって、とても優雅な雰囲気の人だ。
しかし、私に向ける眼差しはとても柔らかく、言葉一つ一つに優しさを感じる。
「あの……フェリシア様をゴウオウに乗せる約束をしたのですが、構わないでしょうか」
「ええ、あの子はあなたのファンですものとても喜ぶわ。もし乗せる時はまたウーファ領にいらっしゃい。わたくしもあなたとゆっくり話がしたいもの」
「はい。その時は」
手短に挨拶を済ませると再び王都に向かう。
マッサージが効いているのか、空での早駆けは来る時より体の負担が少なかった気がする。
「ただいま。アイラにルキラも来て手伝ってくれているのね。ありがとう」
「いや、僕はこんなことしか出来なくて悔しいよ。こんなに忙しくなるほど予定を入れたお父様を恨みたいくらいさ」
「ぐふふ。体を二つにする力が無い事が口惜しいわね」
「手伝ってくれるだけでもありがたいわ。ねぇ、アンリーヌ。……アンリーヌ?」
「ああぁー、アイラ様……今日も素敵ですー」
アンリーヌの目がわかりやすくハートになっていた。
せっかく手伝ってもらっているのにと笑ってしまったが、母親のペンダントの事で沈んでいた気持ちが浮上したようで良かった。
屋台の準備は、アイラ達の手伝いもあって無事に終わらせることが出来た。
そして大会が始まった。
私は店に現れたアンリーヌの姿を見て目を丸くする。
「アンリーヌ、その髪って……」
「ああ、これ? 実は赤毛はカツラなの。舞台ではその方が目立つだろうからって支配人に言われてカツラを被ってたんだけど、もう良いやって思って」
アンリーヌが自らの綺麗な金髪のストレートの髪を撫でる。
少しお転婆だった雰囲気がなりを潜め、ガラッと変わった雰囲気はどこか優雅さすら感じる。
その姿の方がしっくりくるのは、彼女自身の肩の力が抜けて、自然体になっている事に起因するのだろう。
その姿に開店前からアンリーヌの事をチラチラと見る人が出るほどだ。
「よし。頑張りましょうアンリーヌ!」
「ええ!」
いよいよ開店だ。
雑貨などの商品を売る店と違って、腰を下ろして食べる飲食店は回転率が命だと思う。
さらに、お腹がいっぱいでは食べてすらもらえないだろう。
私たちの店の周りにも飲食系の屋台は出ている。
私はあえて、丼を小さくして料金も抑えることによって、周りの飲食店に協力の意思を伝えた。
いろいろな物を食べて楽しんでもらいたい。
その考えはあたりだったようで、私たちの店でお客さんが回り、それが相乗効果になってさらに外からのお客さんを呼んだ。
「そろそろ混んできたね。アンリーヌ、歌をお願い」
「はい!」
アンリーヌが店先で私のガストルで出来事を歌った物語を披露する。
あらかじめ周りの店にもアンリーヌが歌っても良いか許可は取っていた。
店主の何人かはアンリーヌの歌声を知っていたらしく、大歓迎だと言ってくれた。
アンリーヌの歌は、客引きの意味もあるが、一番は行列のお客さんを飽きさせない意味がある。
その効果は覿面で、並んでるお客さんも盛り上がり始めて、その騒ぎがさらに人を集めた。
「ノチア、凄いわ! お客さんがどんどん来る」
「大成功みたいね。この盛況はアンリーヌの歌があってこそよ。私も少しでも満足してもらえる様に頑張るわ」
「ノチア……ありがとう。こうしてお店でお客さんの為に歌えるなんて私、夢のようだわ」
アンリーヌが実に楽しそうに歌い、お客さんが拍手をする。
お店の周りはとても暖かい空気に包まれていた。
舞台で歌うのは十分と言っていたが、その姿は歌う事が大好きで仕方ないようにも見えた。
「ちょっとよろしいですかな?」
「えっ? 私達?」
お店が繁盛している中、係員らしき人たちに急に話しかけられた。
「この店が、他店へ妨害工作をしていると苦情が入ったのですよ」
「そんな! 妨害なんてしていないわ!」
「とにかく、本部で話を聞きますのでついて来て下さい。それまでは歌うことも禁止です」
「そんな……」
係員の指示を聞いてお客さんたちからも庇う声が上がるが、係員は無視した。
「仕方ないわ。私が行ってくるから、アンリーヌはお店の方をお願いね」
人数も少ない中で私が抜けてはお店が回らなくなる。
本部に着いた私はすぐにでも弁解しようとするのだがそこいた貴族らしき人間は私の話など聞くつもりが無いようだった。
「捕まえてきたようだな。違反者は縄で縛ってテントの中にでも入れておけ」
「待って! 私は妨害なんてしていないわ。歌だって周りのお店の人達に許可を取ってやっているのよ」
「私の許可を取っていないだろうが! 小娘風情が俺の決定に異議を唱えるな!」
男が私の胸倉をつかんで持ち上げた。
ここで騒ぎを起こしては、余計に戻るのが遅くなる。
私は陛下からもらった紋章の刺繍された袋を使おうか一瞬迷った、そして意を決してポケットの中の袋に手をかけた。
この紋章があれば、私の意見を無視できなくなるはずだ。
しかし、私が何か言うよりも早くその場に別の人物の声が響いた。
「はーい、そこまでー。何をやっているのかな~」
「誰だ! あっ……こっ、これはシルテーリア様!」
声の主に驚いて貴族が私を下ろす。
喉の圧迫から解放された私が咳こむ。
声の主はルクスリ女王の伯母であるシルテーリア様だった。
シルテーリア様が、降ろされた私に近づいて背中をさすってくれた。
「あらあら、なんて乱暴なのかしら。せっかく私が企画した大会なのに、こんな暴力行為がおきちゃうなんて台無しだわ~」
「もっ、申し訳ありません! わっ、私も大会をより良くしようと、少し力が入り過ぎてしまったようです」
「そうよね~。ブレッヒ子爵は借金のせいでストレスが溜まっているものね~。仕方ないわ~」
「なぜ……それをご存じで……?」
「借金の相手は、アフェンタ男爵と懇意にしているアゲート商会でしょ~。知っているわよ~」
「アフェンタ! じゃあ、これはアフェンタが仕組んだ事なの?」
「それはどうかしらね~」
私が予想外の名前に反応するがシルテーリア様は答えをはぐらかす様に頬に手を当てて目を逸らした。
「そうだノチアちゃん! 私と一緒にお店を回りましょう」
「えっ、でも私もお店に戻らなきゃ……」
「少しだけでいいのよ~。おねがい~」
シルテーリア様の言動には有無を言わせない雰囲気があった。
すぐに戻りたかったが、助けてもらった恩もあるので、大人しく回る事になった。




